名の誇り(16)

 アゼルナ軍旗艦ペルトカとは徐々に距離を開けつつある。父と話していられる時間はあまりないだろう。


「アゼルナンは禁忌に触れた」

 なんのことかは想像がつく。

「すでに滅びへの道に踏み出してしまっている」

「そう思うならあんたが止めないといけなかったんじゃないのか?」

「内から止めようとしても止まらんところまで行っている。俺が口を出せば民族を割る。その瞬間に終わってしまうような急坂に差し掛かっているのだ」


 もう映像は途切れている。フェルドナンがどんな顔をして言っているのかも分からない。


「止められるとしたら当事者であるお前だけだ」

「だから勝手を言うなと……」

「穏便になどと願ったりはせん。その気になったら滅びの道から蹴りだしてくれればいい」


(この人はこんなに外連味あふれる人物だったのか)

 ブレアリウスの中で父の像が変わっていく。


「どれほど苦しくとも生きてさえいれば、滅びさえしなければ未来は残る。それはお前ならば身に染みて解っているはずだ」

 息子の気持ちを推し量るほど意識してくれていたのだ。

「あんたがやれ。『生き延びてでも成し遂げたい』と言ってくれれば助けに行く」

「俺は命をもって我らが民族に警告する。誤れば失うもののほうが多い、とな」

「汚いぞ」


 フェルドナンは声を立てて笑う。心から愉快そうに。武人として、常に胸に携えていた覚悟が彼を死の恐怖から遠ざける。


「無理にとは言わん。煮るなり焼くなり好きにしろ。恨みが捨てられんなら放っておけ。勝手に滅びる」

 吹っ切れた男に怖いものなどない。

「だが、たわごとに最後まで耳を貸してくれたのなら期待くらいはさせろ。父を超えたお前にならばできる」

「こんなにひどい父親は他にいない」

「恨みは全部俺が背負っていく。その代わりにアゼルナンの守護神たるアーフの名の誇りをお前の中に遺していく。未来はお前が決めろ」


 見上げるほどだった大型戦艦はもう視界の中に小さく見える。父は赤熱光を纏って故郷へと帰っていった。


「限界高度だ。ではな、ブレアリウス」

「この、ばかやろう」

 最後に名を呼ばれた彼はそれだけしか言えなかった。


 光が弾ける。黄色い光球が生まれたかと思うと、空気抵抗でリング状に広がっていく。それもオレンジの火花へと変わると拡散して消えた。父の命を故郷の大地に振り撒いて。


「フェルドナぁーン!」

 咆哮の向かう先にもう父はいない。

「ばかやろう! 狡いぞ! 狡いぞ! あんたはどれだけ狡いんだ! そんなものを遺されたら……、俺は! 俺はぁー!」

 絶叫がコクピットにこだまする。


 青い瞳に映る薄緑色の惑星ほしが陽炎のように揺らいだ。


   ◇      ◇      ◇


「……爆散を確認した。帰投する」

「うん」


 狼の声は微妙に震えている。滂沱の涙を流しているデードリッテはもう顔をあげていられずブースの操作卓に突っ伏していた。


「司令、ジュゲス・ボッセ将軍の名で停戦要請が来ています。軍は撤退するそうです」

 タデーラが妙に硬い声で告げた。

「了承すると伝えてください。全機戦闘を中止して救護活動をさせるように」

「戦闘中止! 伝達急げ!」


 通信士ナビオペが一斉に担当編隊へと命令を徹底する。アゼルナ防衛艦隊との戦闘はそれで終了した。


「困りましたね」

 サムエルは嘆息する。

「本件では、星間G平和維P持軍Fは一人のパイロットにあまりに酷な仕打ちを強いるように進んでしまっています。彼は肉親全てを失ってしまいました」

「閣下はそうお気に病まれませんよう。パイロットは公務官の一員として覚悟を背負い、命がけの戦闘に身を置いております」

「そう言われましても、どうにもやりきれないのですよ」

 ウィーブの言にも彼は納得しかねている。

「たしかに多くを失いました。それは殉職者も同じこと。ただ、あの男は大きな愛も得ている。何もかも失ったわけではありませんので」

「きっと立ち直ってくれますよね」


 デードリッテは気付いた。促されているのだ。今のブレアリウスを癒せる者は他にないと。


(行かなきゃ)

 立ち上がった彼女は艦橋ブリッジを駆けだしていく。


 通路を走って艦内トラムに飛び乗り、フロア表示が変わっていくのを急かすように足踏みし、スライドするドアを押し開けながら進む。狼の元へ。傷心の想い人の元へ。


 格納庫ハンガーにたどり着くもまだ青いアームドスキンは戻っていない。そこではたと我に返った。


(なんて声をかければいいの? 気にしないでとか、そんな情のないことなんて言えない。どう言えばブルーを元気づけられるんだろう)

 心は千々に乱れる。回答はどこからも湧いてこない。


 自分に幻滅する。なにが『銀河の至宝』か。こんなときに役に立ってくれない頭など無用の長物だ。


 帰投する機体が増えてきて喧騒が押しよせてくる。今はそれが苛立たしくて仕方ない。静かに考えさせてほしい。


 着艦口からレギ・ソードが進入してきた。自分の基台の位置まで来ると直立してクランプに固定されていく。スパンエレベータがハッチ前まで下がるとブレアリウスが姿を現した。


 ヘルメットを脱ぐと両膝をつく。狼は頭を抱えてうずくまった。反射的に足が前に出る。感情のままに動いた。


(言葉なんて要らないんだった)

 デードリッテは駆け寄ってその頭を抱くと声をあげて泣いた。


「おい、狼が泣いてやがるぞ」


 誰とも知れぬ台詞が二人のところへ流れてきた。

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