名の誇り(15)

「なんであんたがそんなことを言う。俺の自死を願ったあんたが」


 それなのにフェルドナンはブレアリウスの長じた姿を見に来たという。とてもGPFパイロットとしての対応ができる精神状態ではなくなってしまった。


「俺も……、母も見殺しにしたあんたが!」

 語気を抑えるなど不可能だった。

「エルデニアンに聞いたか」

「そうだ」

「うるさくて敵わんかったからな。あれが納得できそうな方便を吹きこんでやった」

 思いもしなかった答えが返ってくる。

「イーヴのことは悪いと思っている。あれは救えた。俺の怠慢だ」

「今さら!」

「生きていればいくらでも詫びる」


 父親の銀の瞳がくもる。良心の呵責を覚えるがのごとく。


「お前を産んだあれは最初こそ呆然としていたな」

 ブレアリウスが覚えている最後の母の顔は彼から目を逸らしたものだった。

「しかし数日後には目を覚ましていた」

「目を覚ます?」

「自分の感情に答えを出したのだ。イーヴには離縁を迫られた。アーフの家を離れるからお前を返せと言う」

 衝撃の事実が彼をを襲う。

「そ……んな」

「どこぞに二人で隠れ住むつもりだったのだろう。俺は許さなかった。生活もままならんと分かっていたからな。あれを愛していたんだ。不幸になると知ってて放りだせるか」

「く……」


 今さらそんなことを言われても困る。彼を産んだことで思い悩んで精神的に病んでいく母をフェルドナンは放置したと思っていたのだ。


「懇願だった」

 嘘をついて誤魔化そうとしていると思えない口調。

「膝に縋りついて願い、床に頭をこすり付けて頼んできたのだ。俺は説き伏せようとした。今は隠しておくのが限界だと何度も何度も言い聞かせて」

「解らんでもない。この寒い星で母子二人放りだされれば命さえ危うい」

「だが、それが反感を買ってしまった。家の繁栄のみを思うロセイルやホイシャにしてみれば不幸の使者の助命など許せなかったのだろう。イーヴへの攻撃がはじまった」


 フェルドナンも薄々は勘付いていたという。しかし、先代の急逝で家督を継ぎ、軍司令に就任したばかりの彼は支族を掌握するのに多忙を極めていた。母のことだけに割ける時間は少なかった。


「そんなのは言い訳だと分かってる」

 台詞に後悔がにじむ。

「妻の命が懸かっているのだ。本気で取り組まねばならなかった。それに気付いたのは、あれが半錯乱状態に陥って自殺したあと。全てが手遅れだった」


(母だけでも救ってほしかった)

 そう言いたかったが、大人になったブレアリウスは父の立場も理解できて言えなかった。


「存命だった母上が、家の体面を重んじて墓に入れるのも許してくれなかったのも申し訳なく思ってる。せめて、あれの名だけでも残してやりたかった」

 しがらみが父の希望と母の名誉を潰した。

「そんなに後悔するならさっさと俺を殺しておけばよかった。それなら母に恨まれるだけですんだものを」

「酷なことを言うな。イーヴに嫌われるのは尻尾を引き抜かれるよりつらい」

「時間が解決する」

 結果論でしかないが。

「それにお前を殺す気などなかったぞ」

「なんだと?」


(何を言いだした? 母に嫌われたくないから俺を殺さなかったんじゃないのか?)

 話の流れからそう考えていたのだが違ったらしい。


 別の理由など思い付きもしない。フェルドナンが真に家のことを思うなら、たとえ僅かなりに情があったとしても決断せねばならない場面。


「解らなかったのだ」

 父は言葉を継いでくる。

「時間の許す限り考えた。なぜアーフの家にが生まれたのか? なにか罪を犯したから不幸の使者がつかわされたのか? お前を処理・・してしまえば神の真意は闇に葬られる」

「そんなことを考えていたのか?」

「うむ。もし強く生き永らえたとしたら、その答えが見えるような気がして死なせようとは思わなかった。本当に滅ぶべきなら俺の手で終わらせたい」


 フェルドナンは運命に翻弄されるのを嫌った挙句に運命の波に飲まれているともいえる。見極めようとした結果が血族を終わりへと導こうとしていた。


「お前に会えて解ったぞ」

「なにがだ」

 父はなぜか嬉しそうだ。

「アーフの血は淀んでいたのだ。器の足らぬ後継ばかりが生まれてきて、結局は足を引っ張りあって自滅した。名に執着した妻たちも然り」

「俺には見えん理屈だ」

「だろうな。渦中の人間でなければ感じられぬ」

 話が見えない。

「お前は三人の兄を平らげて進化した。俺をも超えてここに来た。真のアーフはお前だったのだ。それが今解った。満足だ」

「勝手に満足するな」

「この期に及んで嫌うなとも言えんな。イーヴの面影を持つ子に言われるとつらいものだ。もう行け」


 かなり高度が下がってきている。ペルトカの艦底が赤熱をはじめていた。これ以上加速させればレギ・ソードも同じ運命をたどる。


(なんなんだ、これは。恨ませたままで逝ってくれ)

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。もう自分がどうしたいのかも分からない。


「狡いぞ、あんたは!」

「好きに言え」

 銀眼を細めて完全に笑むフェルドナン。

「狡さついでに、父の最期のたわ言に付きあってくれるか?」

「いいかげんにしろ!」

「アーフを……、アゼルナンをお前に託す」


 極めつけにおかしなことを言われたブレアリウスは混乱の極にあった。

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