名の誇り(14)
「緊急事態です、司令!」
ロレフ編隊のナビオペだ。かの編隊は
「報告を」
「敵戦艦がアゼルナに落下します!」
確かに危険な事態ではあるが対応不可能ではないとサムエルは考える。
「撃沈させてください」
「それが敵襲により不可能だと」
「そんな感じですか」
惑星近傍の戦闘ではありがちなこと。敵軍による撃沈か、或いは自爆処理で終わる。
「こちらでの対処は不可能ですね」
そう判断する。
「それが、現在ブレアリウス操機長をトレースしている
「え、本当ですか、ホールデン博士?」
「えっと、ブルーは艦隊に向けて移動中。リレーの一つはわたしが使ってますけど」
自動トレースさせているようだ。
敵艦隊寄りにあるお陰で接続が復旧したのだ。つまりレギ・ソードは対処可能な位置にいる。
「確認をお願いしてもらっていいですか?」
「はい、伝えます」
デードリッテは快く応じてくれる。
「場合によっては彼に撃沈処理してもらいます。対象は?」
「ポイントは博士のブースに転送します。対象は敵旗艦ペルトカ」
「はい?」
さすがのサムエルも瞠目した。
◇ ◇ ◇
「ということで戦艦の状態を確認したうえで、状況によっては処理してほしいって」
「了解した。オポンジオを逃がした俺の責任でもある」
デードリッテがお願いすると狼はすぐに承諾。
「それがね……、あの……、対象は敵旗艦ペルトカなの」
「そうか。父の乗艦だな」
「うん」
言いにくい理由を察してくれる。
声音に変化はない。戦場での出来事はブレアリウスのほうが遥かに経験値が高い。
「いい、かな?」
「確認する。到着まで二分」
酷な役目にデードリッテは胸を痛めた。
◇ ◇ ◇
「総員退艦せよ!」
フェルドナンは命じる。
それ以外の選択肢はない。パルスジェットから逆進スラスターまで動員して静止軌道復帰を試みてみたが叶わなかった。このうえは機関を人為的に暴走させて自爆させるしかあるまい。
「閣下、お先にどうぞ」
ジュゲスが手で示す。
「貴官が退艦指揮を執れ。俺はここで自爆操作を行う。退艦が完了したら報せよ」
「いえ、そのような!」
「最高司令官の責務だ。俺の仕事を奪うのは許さん」
銀眼を向けてにらむ。
「しかし!」
「二度は言わん。俺が脱出する時間が無くなる」
「お待ちを! すぐに!」
駆け去っていった。
要員はジュゲスに叱咤されて慌てて逃げだした。誰もいなくなった
限界高度まではまだ距離がある。システムナビによると十二分強はあるらしい。
(因果なことだ)
それも当然かと思ったところで窓外に接近するアームドスキンを確認する。
その機体は青いボディを持っていた。
◇ ◇ ◇
『レーザー通信です。接続しますね』
珍しくシシルが問答無用で処理した。
「……ああ」
『監視はわたくしがします』
「シシル?」
『お話しなさい』
モニターに大きめのウインドウが開くと、屈強なアゼルナンが大写しになる。カメラ越しとはいえ十八年ぶりの再会。見違うわけもない父の姿。
「ブレアリウス、か」
その声音には感慨があるように思える。
「戦時協定により申告を願う。貴艦の落下は阻止不能か?」
「うむ、ペルトカはアゼルナに落下する」
「要請があれば要員退艦の時間を認める」
戦時協定の確認要項を告げる。
「要請する。しばし待て」
「了承した。自爆するか、こちらで撃沈するか?」
「退艦が済み次第。自爆する」
沈黙が流れる。
「では貴官も自爆設定をしての退艦を認める」
戦時でも人権を優先する管理局らしい項目。ブレアリウスはどこかで安堵する自分がいるのに気付く。ここで父を撃たないといけないなら、血族殺しもここに極まれりだ。
「不要だ。俺は旗艦と運命をともにする」
「なに!?」
とんでもないことを言いだした。
「退艦しろ。それがGPF規定だ」
「無用。アーフとして敗戦の責を負う。ここで乗艦を捨ててまで逃げだせば恥の上塗り。命をもって購う。それが軍門の名の誇りというものだ」
「まだ負けたわけでは……」
ないとは言えない。彼も気付いていた。
アゼルナ軍機動部隊は艦隊の損害に動揺し、敗退の流れになっている。未だ持ちこたえてはいるが、早晩敗走の憂き目を見るだろう。それを確認していたからブレアリウスも問答に応じる時間はあると思ったのだ。
「う……、ぐ……」
反論できない。
「そう憤るな。外で育ったお前には愚行に映るだろうが、それなくばアーフは存在意義を無くす。俺はそれに習う」
「死して名を遺すか」
「認めてくれ。父の最期の願いだ」
(父を名乗るか。汚いぞ)
封じこめられた。何もさせてもらえない。
「それに、悪くはないだろう。お前と話せる時間を持てたのは僥倖だと思っている」
「何かあるのか? 俺に会いにくると言ったらしいな」
「見てみたかったのだ、成長したお前の姿を」
(この期に及んでいったい何を話すつもりだ)
ブレアリウスはどうすることもできず、ペルトカの艦橋前で戸惑っていた。
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