名の誇り(9)

 フェルドナンは戦術投影パネルの前に立ってその銀眼でつぶさに観察する。彼の癖だ。司令官席からも見えるのだが、近くでわずかな変化も見逃したくないという意識がそうさせる。


「これでよろしいのですかな?」

 ジュゲスは戦場が膠着するのを好まない。

「うむ、命令通りに動いてくれている」

「どうせなら一気に畳みかけても?」

「あまり集中すれば他が緩くなる。危険だ」


 事前に行われた各隊への命令はレギ・ファング或いはレギ・ソードといった特殊機体への戦力集中。つけいる隙を与えないまま押しだす作戦。


「現状、機能しているのは両翼先陣だけ。次陣も動かせば敵の側面を突くのも可能では?」

 一見してそう見えるのは彼も承知している。

「駄目だ。抜かれれば中陣が押しこんでくる。切り崩されるぞ」

「しかし、ターゲットの足留めは成功しておりますれば」

「撃破されている。いつまでも持つものではない」


 持ちこたえているに過ぎない。味方の損害を積みあげて維持できている状況。次陣からの暫時投入で厚みを作りだしているので動かせば追加ができない。ジュゲスもそれが分かっているからこそ「ううむ」と唸っている。


「管理局の技術は侮れん。だが欠点もある」

 説いて聞かせる。

「技量の高い者に優れた機体を渡す。それそのものは間違っていない。部隊のモチベーションになるだろう」

「本人の満足感と周囲の向上心に繋がりますな」

「ところが外からだと丸見えになる。どこを抑えれば打撃力を低下させられるか明白だ」


 分かってやっているのだろう。自由競争が常識ならば、意識を競争へと向かわせる手段として有効。


「しかし我が民族のように、生まれながらの戦士であるならば無用」

 主将は本心からそう思っているのだろう。

「そういうことだ」

「敵は攻めどころに困るわけですな。もっとも精強なる我らが兵に力の差はありませんですがね」


(あながちそうとも言えん。やはり名誉心をくすぐってやらねば兵は動かん)


 待遇という形で遠回しに刺激している。それが彼のやり方であった。


「このまま続けさせろ。必ず息切れする」

「そこが狙い目ですな。予備戦力は我がほうが勝っておりますれば」


 序盤は持久戦になるとフェルドナンは最初から考えていた。


   ◇      ◇      ◇


「やってくれますね」

 サムエルの独り言かと思ってタデーラは返事しなかった。


(ほんと。両翼が削りに行っているうちは不用意に中陣を動かせないもの。中央を抜こうとすれば控えが詰めてくるのは明白。左右どちらかが崩してくれればそちらに戦力を傾けられるのに)


「どちらが崩れると思います、タデーラ?」

 先のは呼び掛けだったらしい。

「現状、判断は無理ではないかと」

「ですよね。僕にも分かりません」

「司令に分からないものを私が分かるとお思いですか?」


 ヘルメットの中で金色の眉が上がった。彼は「勘にでも頼りたい気分なんですが」と言い訳している。


「難しいところですよね」

 指がアームレストをコツコツと叩いている。

「ですが、よく見ると右翼のほうが若干厚い。ブレアリウス操機長のいるあたりですね」

「あ、なるほど」

「向こうはそれだけの戦力が必要だと感じているとも見えます。まあ匙加減の範疇なんですけど」


 現場指揮官がそれだけ厳しいと感じていれば戦力を増やす。その判断基準は個人に帰するところだとサムエルは言っているのだ。


「ブルーに敵の厚いところはよけてって言う?」

 デードリッテの発言は素人考え。

「いいえ、転進してもその前を厚くするだけでしょう。彼は狙われているんですよ」

「えっ、狙われてるんですか? じゃあ、気を付けてって言わないと」

「それは現場にいるブレアリウス操機長がもっとも敏感に感じていますよ。改めて言うまでもありません」

 教え諭している。

「じゃあ、救援すればいいんじゃ……?」

「中陣には戦力がありますが、今投入しても容易には崩せないでしょう。それを想定した布陣なんですから」


 合わせて控えが一気に投入されて相殺される。無駄に消耗するだけだと説明している。


「このままだと彼も消耗してきます。左翼のロレフ君もね。敵の狙い目はそこでしょう。その時の穴埋めに中陣は残しておかないといけないんですよ」

 懇切丁寧に説く。

「そうしないとブルーが安心して休めないんですね。色々考えてるんだ」

「それが僕の任務ですからね」

「変なこと言ってごめんなさい」


(正直なところ、パイロットの消耗ってそれほどじゃないかも。彼らって体力の化け物みたいなんだもの)

 近く触れあうようになって実感している。

(でも、弾液リキッド反応液パワーリキッドは別。武装も失ってるかもしれない。長時間戦闘には補給が必須になるの)


 そのへんの意識は指揮官だから必要になるもの。技術者であるデードリッテの視点からだとピンとこないのだろうと思った。


「早めに休んでもらいたいとこなんですが、なかなかそうはいきません。メイリー編隊にはもう少し頑張っていただかないと」

「は~い、応援頑張ります」


 応援といっても声援を送るだけではない。彼女の補助はレギ・ソードの機体モニター。異常があれば即座に連絡できるよう常に監視している。


(今までに味わったことのない手詰まり感がする。これがフェルドナン・アーフの実力なの?)


 じりじりとも進まない戦況にタデーラは緊張を強いられていた。

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