名の誇り(10)

 対消滅炉エンジンが誘爆を起こしかけているのに掴みかかってくるボルゲンの胸を蹴りつける。ロールした上半身はすぐに光球へと変わった。

 爆炎の下を掻いくぐってきた相手を横からレギ・ソードが一閃する。メイリーのレギ・ファングは後続の一機に狙撃を浴びせ、ブレアリウスと交錯して前に出る。


(キリがない。もう何機墜としたか分かんないわ)


 目まぐるしく過ぎていく時間は四十分近くを示している。その間、ずっと白兵戦をやっているのだから尋常ではない。疲労感は通りすぎて逆にハイになっている。


「なにやってんのよ、あんたは!」

「いやいや、仕方ないんだってば!」

 エンリコが珍しくブレードを振りまわしながら参戦してきた。

「赤い砲身過熱ゲージと仲良ししてれば歪んでくるでしょ? もう力場補正も利かないから使いもんになんなくてさ」

「あー、それ左手用なのね」

「そゆこと」


 そう言われれば、右腰のラッチにもビームランチャー。右手に握らせてるのは持ち替えた物らしい。


「どうせ弾液リキッドも足りないしね」

「俺ももう残り少ない」

 狼のトリプルランチャーは消耗も激しいだろう。

「そろそろ限界?」

「ヤバいかもよー」

「厳しいな」


(判断の難しいとこね。うちが抜ければ戦列維持、厳しくなるだろうし)

 だからと言って、戦闘継続が困難になりつつあるのも事実。


 メイリーは迷う。このまま限界まで粘って最終的に穴を作るか、戦列を全体に下げる進言をして補給に戻るべきか。後者のほうがリスクは少ないが、敵のモチベーションを上げてしまう。


(いくらなんでもアゼルナ軍むこうもしんどいはずだけど)

 勢いが弱まっている感触もある。ひと呼吸入れるならチャンスだと思えた。


「埋めるよ! あんたたちは下がりな!」

 意見しようとしていたところに声がかかる。

「メグ!」

「今は戦隊長と呼んでほしいもんだね」

「あ、失礼しました!」

 安堵に意識を持っていかれていた。

「補給してきな。うちの連中に抑えさせとくから」

「お願いします。ブルー、エンリコ、交代するわよ!」

「ういうーい、お待ちかねっ!」


 最後とばかりに連射で退けるとマーガレットが引き連れてきた部隊とスイッチする。反重力端子グラビノッツ出力を限界まで上げるとペダルを踏みこんだ。


(こうなるのは織り込み済みなわけね)

 横目に見る中陣は戦力振り分けでかなり数を減らしている。司令官サムエルが温存していたのはこの時のため。


 格納庫ハンガーに飛びこむと彼女の愛機と同じGPFカラーのレギ・ファング。ロレフ機に違いない。


「あんたまで下がってたの、ロレフ?」

「いやー、もうボロボロでさぁ」


 σシグマ・ルーンに呼びかけると小さな通信パネルが投影されて美男子の顔が映る。苦り切った面持ちも絵になっていた。


「あのオポンジオってやつ? まあ、跳ねる跳ねる。照星レティクルに一瞬しか入ってくれないもんでさ」

 瞬発力に手を焼いたらしい。

「結構削られたんでマーガレット姐さんに泣きついた」

「ファンが幻滅するわよ?」

「勘弁してよ。命、大事。でも、もう戻るさ。どやされる前にね」


 遠目に手を振ったのが見えるとハッチが閉じ、下の発進スロットに落ちていった。


「ベハルタムはあっちにいたか」

「そうみたい」

 エンリコのゼクトロンを挟んで向こうのスパンエレベータには狼がいる。

「うん、あの白い子、暴れてるんだって。でも、あの機体も補給が必要な頃合いでしょ?」

「次はこっちが狙われるかもしれん」

「結構墜としちゃったもんねー」


 エンリコは得意げに親指で鼻を指す。損害が著しいと聞けば補給後は右翼を狙ってくる可能性もある。


「砲身交換終了! もうちょっと待ってよ。ビームコート貼ってるから」

「ありがと。感謝してる」

 ミードに投げキスを送っておく。


 整備士メカニックは帰投機にたかって補修作業をしている。装甲溶解部など、防御力が落ちているところには噴射器を担いだ男がビームコートを吹きつけていた。

 塗布基台に入れる時間は惜しいので応急処置だけ。それでも気分的に違う。


「三本とも交換です! 右はOK。そのままで出してください」


 デードリッテの指示がスピーカーから流れている。レギ・ソードのトリプルランチャーはもう少し時間がかかりそうだ。

 パックの栄養と水分補給ゼリーを吸いこむ。柑橘系の爽やかな冷たいゼリーが食道を落ちていくのが心地良い。


「給水パック、替えます」

「ん、お願い」


 新人の女性メカニックが駆け寄ってきて背中の給水パックを替えてくれた。口元に伸びているチューブを吸って接続を確認しておく。彼女は僚機のほうに駆けていった。お尻を触ったエンリコがビンタされている。


「メイリー、再出撃たら少し動く」

 ブレアリウスの低い声が耳朶をくすぐる。

「なんで?」

「揺さぶらんと戦況は変わらん」

「まあ、そうね」


 同じことの繰り返しになるだろう。おそらく敵司令官フェルドナンの狙いはそれ。いくら休憩を挟んだとしても、最前列で接近戦を演じていれば体力的限界がくる。主力の抜けたころに攻勢をかけてくるはずだ。


「消耗戦を続けても展望はないか」

「仕掛けてみる。負担になる。すまん」

「構わないわ。ここで負けるとずるずるいっちゃいそうだしね」


(あたしの経験から来る勘がそう言ってる。こいつの親父さんに恐怖を抱くと戦列は脆くなるわね)


 口に出すと現実になりそうでメイリーは言葉にしなかった。

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