名の誇り(8)
(やはり一筋縄ではいかん)
そう思いながらブレアリウスは戦列を乱さないように気を付けていた。
サムエルは最もオーソドックスな陣形で攻める構え。三千六百を三等分すると両翼と中陣に据える。
中陣はキーウェラ戦隊長が率い、全体の動きも監督している。左翼陣にトップパイロットのロレフ・リットニー操機団長補。右翼陣にも操機団長が配されているが、主力はメイリー編隊であろう。
対するアゼルナ軍が異様な陣形で進んでくる。
中央に六百のアームドスキン。その両サイドに千二百が両翼として突出。さらにその横に千二百ずつが下げめに控えている。
錐陣ではなく中央が凹んだ形。いわば、両錐陣といった感じで進撃してきている。あまりに不気味な陣形にペダルを踏む足が鈍る。
「へいへい、痺れるねぇ」
エンリコの声にも渋い色。
「正面戦力の数で負けてるんじゃないけど、意図が読めなくて攻めにくいわね」
「こいつは現場でどうこうできる感じじゃなさそうじゃない、リーダー?」
「乱戦になるようじゃなきゃ戦列守っていくよ」
メイリーは基本的に指揮任せで動く判断をする。
(正しいな。これは俯瞰で見てる司令官殿に従ったほうがいい)
変に突出すれば足を引っ張りかねない。
特に工夫もなく、そのまま接近する。両軍をビームが繋げはじめた。
(パターン4でセット)
バーストショットが上下に散るモードをセレクト。
青白く発光するビームが
(狙って当たるもんでもないが)
「おいおい、おつりが多くない?」
「払いの良い客は歓迎らしいわよ」
応射が集中する。妙に激しい手応えが返ってきた。
(弾幕厚いな。気の所為か?)
軽い違和感を覚える。
あまり気にしてはいけない類の感覚である。新兵の陥りがちな心理状態。まるで自分が狙われていて、攻撃が集中しているように感じる。強迫観念にとらわれると恐怖で知らず足がすくんでしまう。
(本当に俺は死にたくなくなっているのか。そうだとしたら余計に危ない)
振り払うように気合いを入れなおす。
怯えが勝れば、迫るビームの一本々々、近付く敵機の一機々々を見てしまう。悪循環に陥って余計に隙を作ってしまうのだ。
「メイリー、俺が駄目そうだったら後ろから蹴ってくれ」
「どうしたの? まあいいわ。言われなくても蹴ってあげるから心配はよしなさい」
心強い台詞が返ってくる。腕を組み、背中を支えてくれる僚機がいれば自分を失わないで済む。
(見るな。感じろ。全体を流れを嗅ぎとれ)
アルディウスと戦っていたときのように戦場の空気を嗅ぎとれれば相手の手の内が見えてくる。そうすれば何をすればよいのか分かる。
「ナビ、前進指示!」
「りょーかい。行ってちょー!」
ナビスフィアが前進の矢印を黄色く点滅させた。距離を詰めに行く。
(司令官殿も反応を読みにいってるな。ここは思い切って仕掛ける)
戦列が全体に押しだしていって激突する。当たりの強いボルゲンの向こうにアルガスの影。割合は増えていっているので侮れない。当たり負ければ回りこまれて裏を突かれる。
「るおおー!」
「簡単じゃないわよ!」
メイリーのレギ・ファングと並んで突入。バーストをパターン6のランダムサークルにセット。拡散範囲を限定して使う。
正面から浴びせて目くらまし。リフレクタを光で染めて、相手が解除したときにはレギ・ソードの突きが真正面にある。コクピットの中央を貫き、剣身を跳ねあげた。
センサー情報だけで砲口を突きあげてトリガー。抜けようとしたアルガスを真下から狙撃して下半身を吹きとばす。残った上半身は友軍機のビームの餌食。
撃破機の向こうから飛び出してきたボルゲンの斬撃をブレードで受ける。上にはじき返しながら旋回して回し蹴りを胴体に送りこむ。流れる機体にバーストショットを決めた。
(本当に厚いのか?)
視界には折り重なるボルゲンの層。その向こうに宇宙空間の黒が見えないほど灰色に埋め尽くされている。
(ならば)
トリプルランチャーをパターン1の照準固定に変更。筒先を横に振りながらバーストショットを連発する。視界はリフレクタの半透過光に染められた。
(これはどういう意味だ?)
その隙に適うかぎりのセンサー情報を容れる。明らかにメイリー編隊の正面だけ厚い層ができていた。
リフレクタの発光が狙撃を呼び、友軍のビームが集中する。視覚的にも強調されて確信が胸に宿った。
「ちょいちょい! もしかして手厚い歓迎を受けてない?」
「どうやら大歓迎みたいよ。気合い入れて受けてあげなきゃね」
エンリコの焦った様子にメイリーは苦笑で応じている。誰の目にもあからさまな戦力集中を受けているのは明白。
(俺が目立っているのか? いや、これはそんな単純な話ではないな)
あのフェルドナンが意図しない戦力偏重を許すはずがない。
(これは作戦なのか?)
ブレアリウスは集中を高める必要性をひしひしと感じていた。
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