名の誇り(7)
『ディルギアシャフトより旗艦ペルトカの発進を確認』
「やはりですか」
システムナビの報告にサムエルは反応する。
「システム、アゼルナ衛星基地の様子をモニター」
『四基の基地よりそれぞれ四十から五十の艦隊が進発したものと推定される交信があります』
「明確な数値が判明ししだい報告しなさい」
女性の合成音声が『了承です、ペクメコン戦術参謀』と返す。
タデーラが送る視線に頷きかえした。とりあえずできることは以上だろう。
「衛星基地の防衛戦力が健在でしたから迂闊に仕掛けられませんでしたが、ようやく動いてくれましたね」
「ジーレスの必要数が確保できたのも一週間前でしたけど」
(言うようになりましたね)
新任参謀も肝が据わってきた。
降下作戦に必須の
「それは置いておいて」
苦笑しつつ答える。
「いつでも仕掛けられるぞ、と見せておくのが重要なんですよ」
「はい、今回の動きもプレッシャーに耐えかねてのことだと思います」
「それと、フェルドナン軍司令が腰を上げた所為なんでしょうね」
ヘルメットのエア残量をチェックしながら言う。彼女も慌ててヘルメットを取りだすと確認している。
「来るんでしょうか?」
ウィーブがアームドスキン隊の戦闘態勢を指示する声に負けじと声を張っている。
「ペルトカが進発したってことはそうなんでしょう」
「アゼルナ最強の指揮官……」
「ええ。相手にとって不足なしと言えば格好良いんでしょうが、座っていてくれるならずっと座っていてほしかったですね」
(まあ、肝心なところでひっくり返しに来られるよりは、今のうちから心理的優勢を確保しておきたいのも本音ですが)
可能なら勝利を重ねておきたい。
「ともあれ正念場です」
忌憚のない言葉で告げておく。
「僕の用兵と、そしてあの怖ろしい狼の用兵を学ぶといいですよ」
「はい、勉強させていただきます」
「パイロットを始めとした全クルーの健闘を期待しましょう」
話が終わった頃、艦艇数百八十、推定アームドスキン数五千四百が判明した。
◇ ◇ ◇
中型戦闘艇が加わったと聞いているが、それは情報にあった大気圏降下可能な艦艇だろう。本星への侵攻作戦も画策しているという意味。
「正面から来るとは殊勝な心掛け」
隣で彼の主将を務める赤毛の狼が呵々と笑う。
「閣下を怖れぬ不届き者には相応の報いを与えてやらねばなりません」
「逸るな。装備では劣る」
「我らには補って余りある勇猛な兵がおりますれば」
赤毛の名はジュゲス・ボッセ。将軍向きの男だ。
用兵家ではないが、男気があって兵の人気が高い。フェルドナンより年嵩で安定感もある。なにより勝負勘が強い。彼の忠言には一聞の価値がある。なので傍に置いていた。
「閣下はどんと構えていてくだされば結構です」
大口を叩くのは玉に瑕。
「それで済むならお前に任せている」
「むぅ。敵もまた用兵家と名高いのは事実ではありますが」
「うるさくは言わん。戦列の細やかな動きは当てにしている」
ジュゲスの下がりかけていた尻尾が元気を取り戻す。
各戦闘部隊の将に置いているのは、いわば彼の弟子たちである。それぞれが指揮するアームドスキン隊に詳細な命令は不要だろう。随時大まかな指示だけ与えていれば機能するはず。
彼が直接指揮するのは引き連れてきた本隊だけ。軍司令の出陣とあって、各支族が送りこんできた兵の混成部隊。あまり自由にはさせられまい。
「本隊は俺が見る。徹底はしておいたから案ずるな。ロロンスト、一応各隊長に確認を……」
そこまで言って喉が詰まる。
「申しわけありませぬ。あれの所為で閣下に大変な恥をかかせてしまいました」
「言うな」
「ですが、本性を見抜いておればあんなことには」
ロロンストはジュゲスの弟子筆頭。彼の元で用兵も学び、ジュゲスの下で実績も重ねて、これから実になるだろうと思っていた男を思わぬ形で失ってしまった。
「俺が悪い。よかれと思って傍近く使っていたが、あれにはつらい務めだったのだろうな」
結局、過去を突きつけることになってしまった。
「果報者です。そこまで気遣いいただけたなら、あれも悔いなく逝けたでしょう」
「そう思いたい」
「間違いありませんぞ」
そうは言ってくれるが、彼は晴れやかに頭に銃を当てたロロンストの顔が忘れられなかった。悔いがないといえばそうなのかもしれない。しかし、満足できる一生ではなかったとも思えるのだ。
「この身の罪、贖いたく存じます」
ジュゲスは責任を感じてやまないようだ。
「身を粉にして仕えたくあります。どうぞ思う存分こき使ってくだされば」
「それで忘れるなら使ってやる。覚悟しておけ」
「は、閣下のお心のままに」
(この一戦で退けられるとも思えん。どうしたところで存分に働いてもらうしかあるまい。忙しくさせたほうがこいつのためか)
性根から軍人気質であるジュゲスを、フェルドナンはうらやましく思った。
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