名の誇り(6)
レギ・ソードのパイロットシートに座っているのはデードリッテ。ブレアリウスは横に立っている。なので座面は余りまくっていた。
「異常検出無し。パワーライン正常っと」
狼の要望による駆動圧などの調整を行ったあと、彼女にも理解できない搭載装置周りのチェックも行っておく。稼動していないので特に異常は見られない。
(駆動パーツもあるから見ておきたいけど信頼性高いシリンダだしね~。ほとんど負荷のかからない構造になってるから目視チェックだけでいいかな)
作動圧は他の機器と一緒に確認してあった。
「あとなにかある~?」
「ない。頼んだのも全部強いて言えばのレベルだ」
全くと言っていいほど不満のない機体らしい。当然だろう。シシルが彼専用に建造したアームドスキンなのだから。
「んじゃ休憩~」
「ありがとう」
シートを狼に譲って座らせると、デードリッテはその膝に収まって遥かに広いお腹に背をもたれさせた。彼の指がコンソールパネル上を走っているのを眺める。
「照準補正はここでいいのか?」
『補正といってもトリプルランチャーの照準はセンター設定ですわよ?』
シシルに操作法を聞いている。
「バーストショットでも照準固定はできないか?」
「ランダムでないほうがいいのかしら? ではパターンを作りますね。照準固定と他に八つほど作りましょう。思考スイッチに割り付けておきますよ』
「そうしてくれ。実戦で試してみる」
『
使い勝手の向上となると設計者であるゼムナの遺志に任せたほうが早い。パイロット向けのカスタム論だけを吸収していく。
「暇だろう? 先に休んでくれ」
「ううん」
首を振る。
「ここのほうが落ち着くもん」
「……システム、ハッチをロック」
「あ……」
人狼の手が頬にかかって横を向くと唇を奪われる。目をつむると体毛が口の端をくすぐり、少しひんやりとした鼻が押しあてられた。
「ほぅ……」
唇が離れると息がもれる。
「あまり可愛らしいことを言うな。我慢できなくなる」
「ん、我慢しなくてもいいかな」
抱きすくめられるとブレアリウスのマズルが顔の横、視界の隅を占める。堅いヒゲが彼女の頬を撫でまわしていた。
「自制できんと怖いんだ」
低く野太い声が直接耳に響いてくる。
「え、なにが?」
「死にたくなくなる」
「普通じゃないの?」
当たり前のこととしか思えない。
「過ぎればパイロットとして致命的だ」
「そんなものなのかな? 実感できないの」
「精神的な問題だからな」
(わたしが好きすぎて戦場に出るのが怖くなるってことだよね)
狼の想いに胸がいっぱいになる。
(嬉しい。でも単純に喜んでるだけじゃ邪魔な女になっちゃう)
「ブルーはそんなに弱くないよね?」
苦しみを力に変えられる男だと思う。
「思い定めたらずっと走っていられる人。それが、わたしを含めていつも誰かのためなのが心配になるけど」
「融通が利かんからな」
「不器用でも全力で生きているんだもん。そんな人はきっとどこにいても死んだりしない。信じてる。だから必ず帰ってきてね」
一拍の間が空く。抱く腕の力が少しだけ強まった。
「ああ」
「約束」
頬をすり寄せる。すっかり慣れた獣の匂いが鼻腔に入ってきて快感を覚える。
「わたし、こんなに恋に夢中になるタイプだなんて思ってなかったの」
安心感が舌の動きを軽くする。
「どこか自分も分析してるところがあって、恋愛感情だって計算して没頭したりできないんじゃないかって不安だった。ところが、こんなに夢中なんだもん。普通に乙女だったなぁ。でも、責任は取ってね?」
「こんな俺で構わんならな」
「ブルーじゃないと困るんだけど」
マズルを引きよせてキスする。ブレアリウスの口唇は彼女のそれに比べてあまりに長い。全てにデードリッテの唇の感触を刻みこむのには時間がかかりそうだ。
「えーっとね。でも、この戦争が終わったら結婚しようとかプロポーズしたらダメなんだよ」
くすくすと笑う。
「それ、死んじゃうパターン」
「そうなのか?」
「そうそう」
狼は不審げだ。
「じゃあ、何と言えばいい?」
「口に出さなくていいの。態度で示して」
「それだと君の頬が俺の舌で傷だらけになってしまうぞ?」
ぺろりと舐められた。確かにざらりとした感触は、ともすれば女性の柔肌を傷付けてしまいそう。ただ、力加減ができないわけではない。珍しいがブレアリウスの冗談なのだろう。
「ダ~メ~。優しくして」
「注文が多い。フィットバーを動かすより大変かもしれん」
鼻から失笑の息がもれている。
「エンリコさんほどじゃなくてもいいから女の扱いも上手くなってね。訓練、大好きでしょ?」
「難しいな。訓練と実戦を分ければ君は怒るのだろう?」
「浮気は許さないんだから」
頭の上に手を伸ばすと、たてがみに指を絡めて引っぱる。少し痛かったのか、ブレアリウスが身じろぎした。背中に胸筋のうねりを感じてちょっと恥ずかしくなってくる。
それでも狼は放してくれない。耳元で鼻が軽く鳴っている。鼻腔いっぱいに匂いを嗅がれていると余計に恥ずかしい。
(狼との恋は大変)
改めて思う。
(そんな気ないけど、浮気なんかしたら一発でバレちゃうんだろうなぁ)
身体的特徴はもちろん、生態も感覚も何もかも違う。それだけに結ばれた絆は深く尊いものになるだろうと信じている。
デードリッテは自分の中に眠っていた新しい情熱に身を委ねた。
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