名の誇り(5)

「くふっ」


 焦げ茶の髪に金のメッシュを入れている男が吐息を漏らす。彼女、シシルの本体に直接触れるのが可能な唯一の人間種サピエンテクス、アシーム・ハイライドである。


「はっはっは! あーっはっはっはっはぁー!」

 哄笑が円形のドーム内にこだました。

「ついに手に入れた! ふむ、なになに? これほどのものを! こんな兵器を隠し持っていたのかい!」

『教えるつもりがないだけですわ』

「嫌だ嫌だと言っても、結局は押しに弱いんだろう。そんなものさ」

 彼女は品性に乏しい発言に辟易する。


(少し油断してましたわ。奪われてしまうとは)


 高い攻撃力を持つ兵器技術を与えてしまった。引き続き本体は拘束されたままだが、意志こころは再び情報の海に泳ぎだしたことで気が緩んだのかもしれない。立てつづけに彼を喜ばせてしまっている。


「これで奴らも満足だろうね」

 口元に笑いの余韻を残しながら言う。

「この前はあの機体を渡してやったからな。あんな高出力が見込めるだけの器なんぞで歓喜してたんだよ。しばらくはうるさいことは言わせないさ」

『よろしかったこと』

「負け惜しみかい? そんなに不貞腐れないでくれよ。この程度で君に飽きたりはしない。ちゃんと遊んであげるからさ」

 シシルは『お構いなく!』と言っておく。


 奪われたのはたしかに強力な武装である。しかし、本当に危険な兵器はもっと深い領域に沈めてあった。そう簡単に触れられる場所にはない。


(でも、少し厄介な物を与えてしまったわ。使えるレベルにまで仕上げられたら困りますわね)


 本当はさっさと消去してしまいたいところ。が、敵もさるもの、管理卓の接続を一時的に遮断してしまうと速やかに物理メディアにコピーする。これみよがしに掲げてみせてきた。


「消させはしないよ」

 アシームはニヤニヤ笑いをやめない。

「このドームの外でも自由に見聞きしているだろうからね。無闇なところへ置いておけない。さしもの君もこの中まで手出しできないんじゃないかい?」

『ええ、無理でしてよ』

「聞き分けの良い女性は好きさ。できればもっと心を開いてほしいもんだけどね」

 それだけは遠慮したい。


 再び接続された管理卓の光学装置を使用して立体映像化する。平板な面持ちで彼の横へと立った。


「おお、その気になってくれたのかい?」

 ゆっくりと首を振って見せる。

『御免ですわ』

「そんなこと言わないでさ。珍しく姿を現してくれたんだから」

『分かりやすいよう、見せてさしあげただけです』

 シシルは細い指を男の胸に突きつける。

『あまり深入りしないよう忠告しておきます。あなたの身を案じてのことですわ』

「でもさ、クライアントの人狼テネルメアがせっついてくるんだよね。惑星規模の破壊兵器があるはずだって」

『仮にあっても絶対にさしあげられません』


 本当に差し迫ったら自滅装置を作動させる。ブレアリウスは難しいかもしれないが、デードリッテなら説得すれば命じてくれるだろう。その危険性を十全に理解できる彼女なら。


「私だってそんな無駄なことはしたくないさ」

 意外にも同意された。

「だって、そんな機能するかどうかも怪しげなもの。存在したとしても戦闘艦の何倍ものサイズになる代物じゃない? 下手したら機動要塞や宇宙ドック規模の装置」

『…………』

「基本構造だけ手に入れてもさ、設計して部品調達して建造するだけでも数年がかり。それでやっと試作品。実用可能なレベルまで持っていくのに十年以上は掛かってしまうだろうね。奴ら、いつまで戦争してるつもり?」


 或る意味、彼の推論は技術者なら誰もが納得するもの。惑星クラスの超巨大天体を破壊するのは常識から外れている。


「そんな暇があるなら、もっと有用なものが幾らでもあるはずじゃないか。私の偉大なる知性を存分に満足させてくれるなにかが」

 オーバーアクションで彼女に訴えてくる。

「あの自尊心の塊みたいな技術者気取りの奴と違う。ガラクタを寄せ集めた人形を作って喜んでいるスレイオスなんかとはね。所詮は獣の戯れさ」

『向こうも似たようなことを考えているかもしれなくてよ?』

「冗談じゃないね。本物のエンジニアというものは、よりスマートで、より美しい造形を求めるものさ」


 シシルにとっては似たり寄ったりである。類は友を呼ぶというか、どうしてこう自己中心的な人物ばかりが彼女を求めてくるのだろうか。純朴な青い瞳の狼が癒しにしか思えなくなってくる。


『理想を求めるのは自分一人でやってくださいな。わたくしを巻きこまないでくださらないかしら』

 心底うんざりしているという表情で提案する。

「それは無理ってもんさ。君の創造主はよっぽど悟り切った人種だったらしいね。あの老狼しかり、あの勘違いエンジニアしかり、私だってそうだ。目の前にある宝箱をこじ開けたくて仕方なくなるくらい人間ってものは貪欲なもの。それが解ってない」

『あまり理解したくありませんの』

「そう言わずに君の好奇心をぶつけてきてくれないか」


 どこまでも強引である。彼の中には引くという選択肢は無いものだろうか。


(別に教えてくださらなくても十分に理解しておりますわ、欲に駆られた人間の浅はかさというものも)


 シシルは溜息まじりに肩を竦めた。

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