名の誇り(4)
珍しくアーフ支族長が約束も無しに面会を求めてきた。
大敗を喫したばかり。局面が局面だ。事実上、アゼルナの最高権力者たる支族会議議長のテネルメアでも拒むのははばかられる。
「出撃準備で忙しいのではないか?」
フェルドナンは自ら司令官として艦隊を率いて出撃すると決めていた。
「すまん。忙しくて、いつ身体が空くか分からず事前に約束できなかった」
「そうか。ならば通信でもよかったものを。無礼を咎めたりはせんじゃろう?」
「そうもいかん」
彼は静かに首を振る。傍受される可能性もある回線ではできない話という意味。
「盛りかえせぬとは言わせんぞ。そのほうなら不可能ではあるまい?」
フェルドナン以上の戦巧者など国内にはいない。
「勝敗は時の運。全力を尽くすが保証はできん。が、そういう話をしに来たのではない」
「ほう? 戦費なら好きにしろ。出し惜しんで勝利を逃す気なない」
「それは助かる。配下のやる気を引き出すには言葉だけでは足りんからな」
自信を失っているのではなさそうだ。それなら軽口など挟むまい。
「俺は俺の働き場所で最善を尽くす。だからお前も見誤らないでくれ」
耳が立ち視線が厳しくなる。
「具体的に言ってくれんかのう?」
「当初の目的は達していると俺は思っている」
「目的?」
理解に及ばない。
「まずは
「違う。この戦争に勝利はないと言っている。星間管理局には勝てん。退き際を間違えんでほしい」
「退き際か……」
それはテネルメアも考えていること。彼とて
「押されてはいるが、宇宙の治安維持を司るGPFと良い勝負をした。もうアゼルナ相手に嘗めた経済侵略など行う国はない」
「くだらない仕掛けをすれば手痛いしっぺ返しがあると見せられたと言いたいのじゃろう?」
アーフの長の言わんとしているところは解る。
「じゃが、負ければ統制管理国入りじゃ。確かに国力は減退した。いつまでも戦争をできるわけではないが、軍門に下れば盛り返すには長きの時を必要とするじゃろう」
「それでもいい。雌伏の時を過ごさねばならんとしても滅ぶよりはマシ。死力を持って臨んでは終わりだと解ってくれ」
「ふむ。誇りと滅亡を天秤にかけるなと言うのじゃな?」
テネルメアの中にも誤算はある。
宝箱の中身、ゴート遺跡の技術を手にできればGPFくらいは圧倒できると踏んでいた。同じ機動兵器アームドスキンを投入するとしても、技術的には勝っているはずだったのだ。
ところが宝箱の蓋は一向に開かない。それどころか中身のほうは管理局側に加勢して次々と新型機をくり出してくる。目算はもろくも崩れ去った。フェルドナンの主張は正しいと思う自分もいる。
「まだじゃな。そのほうが健在なうちはまだ戦える」
銀眼の狼には絶大な信頼を置いている。
「それに宝箱のほうにも進展はある。今しばらく堪えてくれれば光明も見えようぞ」
「勝ちすぎるのもいかん。禍根を残すほどの泥沼の戦いは……」
「政治を難しくするじゃろうのう。少数で覇権を望むならやむを得んとも考えておったが、こうもゴート遺跡技術の拡散が早いとの。儂も考えを改めねばなるまい」
それこそつぶし合いになってしまいそうだ。それは老獪な古狼といえども望むところではない。技術格差が埋まるのが早まった時点で未来予想は崩れてきている。
「じゃが、負けすぎるのもよろしくない。それは酌んでくれぬか?」
「解る。俺も当面はGPFを押しかえすつもりだ。情勢を見極めてくれ」
出征期日などの打合せをして銀眼の狼は辞去を告げると尾を見せた。その背中にはまだ覇気がみなぎっている。
(臆病風に吹かれたのでもないんじゃろうがのう)
弱気は感じられない。負ける気はないと言ったのだから敵艦隊を押しかえしてはくれるだろう。そういう男だ。
しかし、武人特有の潔さも持っているのは事実。敗色を嗅ぎ取ったときは躊躇いもなく軍を退くかもしれない。
(それならそれで構わんか。あまりやりたくはないもんじゃが、本星まで引き込めば間違いなく旗色は良くなるしの)
現状、軌道エレベータを用いずに大気圏降下できるのはアームドスキン。それと捕虜奪還作戦に運用していた戦闘艇だけと思われる。
それだけで戦闘は可能だが、できるのは短期的な作戦だけである。長期運用は不可能だと軍事に精通した支族はテネルメアの問いに答えている。
(いくら超文明の遺産だとて、いきなり大気圏内に
惑星重力圏に
なので、星間法では静止軌道から一万km以内への
(そうなれば補給がままならん。戦闘艇で運べる物資には限りがある。よくて数百機程度しか運用できまい)
仮にシャフトの一、二本は奪われたとしても、そこからの補給線が構築できない。占領作戦を使えないのが民間に被害を及ぼすのを敬遠するGPFの限界である。
(地の利があればフェルドナンは全戦全勝。彼奴らに消耗を強いてやれよう)
勝機はまだあると思っているテネルメアは戦費拠出の書類にサインを入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます