名の誇り(3)

 メイリーは冷却器コールドデバイスと仲良しになっている。ブレアリウスは冷たい飲み物で喉を潤しつつ、その横に腰かけた。


「はぁー、歯も立たない」

 愚痴っている。

「年季が違う。俺はアストロウォーカー乗りのときも一応刃物を扱う練習はしていた」

「たしかにね。何のためにやってるんだと思ってたけど、ここで差になっちゃった」

「君はなぜ刃先を揺らす?」


 最初は癖かと思っていたが、どうも意図してやっているらしい。


「幻惑されない?」

「されん」

 素直に告げる。

「どうしてよー!」

「あまり見てないからな」

「え?」

 意外だったようだ。

「一部だけ見たりしない。身体全体を見てる」

「スケベ」

「そんな台詞でも幻惑はできん」

 苦笑しながら教える。


 彼は切っ先やブレード本体など一部だけの動きを見ていたりはしない。焦点を絞らず全体を視界にとらえる。

 それが生身なら筋肉の動きなども目に入ってくるし、機動兵器でも動作が察せられる。特に宇宙空間では、反動制御のために腕だけ動くことはない。動き出しの前に他の四肢やパルスジェットの噴射というアクションがある。それで動きを或る程度は予想できるのだ。


「そんな細かいことをやってるわけ? どんな集中力してんのよ」

 メイリーは仰天している。

「君だとて同じぐらいは集中している。それを編隊全体への目配りに使っているだけだ。俺は相手している敵機数機程度に限定している」

「なるほどねぇ。あたしもちょっと集中力のメリハリを付けるようにしよっと」

「ブレ君も最近は特に周りが見えるようになってきたもんな」

 後衛のエンリコからだとレギ・ソードの頭部の動きも丸見えだろう。


 意識して見るようにしている。僚機や友軍機との機体性能差が明確な分だけ、勝手をすれば影響が大きいと思うからだ。

 彼女は逆をやればいい。近接戦闘時は対峙する敵の細部にも集中する。それだけで白兵戦闘は格段に楽になるはず。


「たぶん……」

 心はざわつくが言っておくべきだろう。

「父が俺を討ちにくる。ここからは厳しくなるから気を付けてくれ」

「お兄さんたち、いなくなっちゃったもんね」

「面目が立たない。妻たちにも焚きつけられる」

 激怒させていると思う。

『もう、おりませんわ』

「む?」

『ホイシャもロセイルも亡くなりました』


 なぜ、という思いしか浮かばない。基本的に屋敷から出てこない彼女らが死ぬ理由が見当たらない。


「どうして?」

『お話しします』

 デードリッテが気持ちを代弁してくれる。


 エルデニアンが窮地に陥った策略にホイシャが関わっており、ロセイルに誅殺されたこと。そのロセイルも過去の因縁によりロロンストに暗殺された事実が語られた。


『ロロンスト・ギネー、正確にはロロンスト・ハキムはあなたの母イーヴの弟でした。彼女の死の真相を知った叔父は暗殺に踏みきり、本人も自死しました』

 衝撃の事実を知らされる。

「あの男は……、母の血縁だったのか。死んだのか」

「ブルー……」


 絶句する。今思えば分からなくもない。血縁者であれば、先祖返りであっても多少の情は残っていたのかもしれない。それが「ブレアリウス」という名での呼び掛けに含まれていたのだろう。


「父は怒っているんだろうな」

 恨みは募っているだろう。

『苦しんでいらっしゃいますわ。フェルドナンにどこで歯車が噛み合わなくなったのか分からないと打ち明けられました』

「シシルに、か?」

『伝言があります。あなたに「会いにいく」と言付かりました』


 恨み言でも覚悟を問う言葉でもない。ただ、会いにくるというのは意味があると思う。ブレアリウスも彼の真意がいまだ見えない。

 だが、それどころでもない。これは貴重な軍事情報に該当する。一人で抱え込んでいい話ではなかった。


「ディディー、司令官殿に報告したい」

「うん」

 彼女はコンソールスティックのウイングを立てる。

「わたしならすぐに繋いでくれるはず。あ、サムエルさん」

「なんでしょう、ホールデン博士?」

「ブルーが報告したいって」


 コンソールの画角に入る。美形司令官は珍しいこともあるとばかりに片眉を上げていた。


「シシルに聞いた。父が来ると言っている」

「フェルドナン閣下ですか」

 サムエルは嘆息する。

「そろそろだろうとは思っていましたが、やはり来ますよね?」

「言うまでもないと思うが怖ろしい人だ。知っていると知らないでは違うと思った」

「ええ、もちろん。報告ありがとうございます」

 律儀に感謝された。

「厳しくなる」

「僕もそう思います。そのつもりで作戦を立てますので協力お願いしますね?」

「ああ」


 元より慇懃な人物ではあるが、ひどく丁寧な対応だったと感じる。それで自分の『協定者』という肩書が重視されていると自覚する。


「ねえねえ、ブレ君。親父さんはそんなにヤバい人?」

 エンリコの声音にも深刻さが混じる。

「記録を調べた。父は機動兵器からは降りているが、逆に指揮に集中しているだけ厄介だ」

「用兵家なのね」

「兵の信頼も篤いのだろう。戦場にいるだけで動きが違う」


 メイリーも声を控えめにしている。周囲のパイロットに余計なプレッシャーを与えないためだ。


「お父さんが最大の難関かぁ」

 彼の気持ちを慮ってか、少女の声も重い。

「シシルを取り戻すには越えねばならん相手だ。いずれ当たると思っていた。覚悟はできている」

「だねだねー。ちょっと気合い入れていきますかー」

「それじゃあんたもしごいてもらいな。ブルー、相手してやってよ」


 立ち上がったメイリーがエンリコの背中を足蹴にして強制ストレッチをはじめる。彼もウレタンスティックを手にすると肩を回してほぐした。


「うひ、本気?」

「ああ。よくほぐしてもらってくれ」

「わーお!」


 気に病むふうのないブレアリウスにデードリッテが微笑みかけた。

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