錯綜する策謀(10)

「勘弁してよー」

「もう少し我慢してくれ」

 人狼の台詞にエンリコはがっくりと首を落とす。

「シシル、これまでの投入タイミングと予想進路、軍事ステーションの通過時期を分析してほしい」

『はい、お終い。事前に入手した配備状況からすれば、あと三隊でしてよ。予想位置、表示させますね』


 狼は別動隊の動きを予想させる。間髪入れず計算結果を出したゴート遺跡は編隊のリンクにデータをあげてきた。


「確実に潰す」

 レギ・ソードが加速する。

「ほら、続く! これ、阻止したらあいつらだって心が折れるって」

「人遣い荒いよ、リーダー」

「男なら黙って踏みなさい。ユーリンが惚れ直してくれるかもよ」

 変な鼓舞のされ方だ。

「どうだろ?」

「それはないよ、ユーリンちゃん!」

「少なくとも、自分の仕事をしっかりできる人とならしばらくは続くかなぁー?」

 寄ってたかって発破をかけられた。


 予想地点に向かっていたらほどなく通信士ナビオペの娘から探知の報。かなりの相対速度があり、すぐに光学観測範囲内にも入ってきた。

 エンリコは照星レティクルを敵性シンボルへ合わせる。二人とは機体性能で劣るとはいえ、ゼクトロンの電子戦能力はシュトロンの比ではない。賭けのつもりでトリガーを絞った。


「やりやりー!」

「連中、油断してるわね」


 爆炎の光球が膨らんだのを見て歓声をあげる。メイリーの茶々は聞き流して次のターゲットを狙撃するが、さすがにもう直撃は奪えない。


「どうどう、ユーリンちゃん?」

「まあまあね。キスひとつくらいかな?」

「採点辛いよ!」

 おどけてみせる。

「仕方ないからエンリコの撃墜数に貢献してあげるわよ、ブルー」

「了解だ」


 二人が敵部隊に突入するのに合わせて彼もペダルを踏む足に力を込めた。


   ◇      ◇      ◇


「伏兵のほうはあまりうまく機能していませんね」

 ロロンストはアルディウスに報告する。

「頼りにならないね。本隊は繊細かつ機敏な用兵に耐えてくれないといけないからアーフ支族で固めたけど、別動隊のほうは寄せ集めの部隊だから」

「どうなさいます?」

「放っとくさ。使えないぶんは命で払ってもらおう」


(そんなでは支族会議議長どころか、アーフの支族長としてさえ認めてもらえないんじゃないか?)

 そう思っても口には出さない。

(もっとも、そこまで行かせはしない)


 アーフの長兄は自身を用兵家としても優れていると評価しているらしい。現実は甘くなく、本体千二百はGPF部隊を翻弄するには至っていない。

 及び腰と見えた両翼陣に整然とした機動で進入を阻止され、ろくに数も減らせていない。実質、本隊の足留めをされているかたち。


(転がされているのはこちらのほうかもな。GPF司令官に見透かされているみたいだし)

 上官の器量が足りない。


「思ったほど削れていませんが予定通りに進めますか?」

「まあ、こんなもんだろうね。変更は無しだ」

 声音に不満げな色がわずかににじんでいる。


(認めたくないんだな)

 虚勢だと感じる。

(ここで失敗すれば、各支族の兵からの評価は下がる。それ以上に閣下の評価が下がるのを気にしているんだろ? 強引にでも成果を持ち帰らなければいけないと思ってるはず)


 ロロンストは上官が追いこまれていくのを冷たい目で眺めていた。


   ◇      ◇      ◇


 ベハルタムは青い機影を上方、惑星アゼルナと相対して外軌道方向に認めた。本隊に属している彼はGPFアームドスキン隊の陽動に徹している。命令が欲しいタイプの白狼からすれば気楽な任務である。


(でも、あれは見過ごしてはいけない気がする)

 青い瞳の狼の顔が脳裏に浮かぶ。

(このオポンジオなら間に合う)


 ペダルを踏もうかと膝がピクリとしたが思いなおす。スレイオスからの指示を思い出したのだ。


(窮地を演出するんだったな。ここで阻止したら窮地にならない)

 少し後方にいるはずのアルディウス機が狙われるくらいでいいと判断する。


 彼の赤い瞳は先祖返りの男が通りすぎるのをそのまま見送った。


   ◇      ◇      ◇


「やはりな」

 ブレアリウスはアゼルナ軍本隊の後方に二機の機影を確認する。

「あれがあっちの司令官、つまりあんたのお兄さんなわけ?」

「そうだ」

「やれやれ、アームドスキンに乗っていながらこんな後方に隠れているとはね。どうして分かったのさ?」

 エンリコが訊いてくる。

「アルディウス兄は用心深い。間違っても本隊に混じって指揮などしないだろう。だが、若武者の立場で戦闘艦の司令官席に収まっていたら面目が立たない」

「んで、ちょっと離れた位置で指揮に専念していると思ったわけだ」

「慎重なのに護衛は一機しかつけてないの?」


 二機しか見えない。メイリーは罠かもしれないと感じたらしい。


「慎重だからだ。見つからないのが一番」

「あー、たしかに」


 少数で隠れていると当たりを付けてブレアリウスは探索していたのだった。


   ◇      ◇      ◇


「弟さんがやってきましたよ」

 ロロンストは告げる。

「どうやらそうらしい。青いから一目瞭然だ」

「強敵です」

「向き合えとは言われたけど正面からぶつかる気にはならないね。そろそろ予備が上がってくる頃だろう? 僕に構ってなんかいられなくなるさ」


 アルディウスの計算は正しい。そこまで読んでのことではなかろうが、予備戦力の八百が本隊に加わって駄目を押すタイミングである。


「予備戦力でしたら上がってきませんよ?」

「あ? なんでだい?」

「自分がそう命じておいたからです」


 ロロンストは死を宣告するようにはっきりと伝えた。

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