錯綜する策謀(11)

 ウインドウ内部のアルディウスが目を細める。露骨な牙鳴りの音が聞こえてきた。かなり苛立っているらしい。


「僕はきちんとタイミングを伝えたはずだが?」

「ええ、指示いただいた時間差であれば今ですね」

「だったらなぜ上がってこない?」

 声は低く威圧的に変わっていく。

「自分が勝手に変更したんです。ここで邪魔が入らないように」

「はぁ? お前、なにが邪魔だって?」

「ここであなたが撃墜される邪魔ですよ」


 即座にビームランチャーを手にした上官が砲口を向けてきた。予期していたロロンストはリフレクタをかざして距離を取りはじめている。


「裏切ったのか? なんでだ?」

「最初から忠誠など誓っていませんよ。この機を狙っていただけです」

 ビームを避けながら告げる。照準が素直すぎて読みやすい。

「なんの恨みがある? お前を冷遇などしてないぞ」

「されていませんね。あなた個人に恨みなどないのです。ただ、自分の本当の名がロロンスト・ハキムだというだけ」

「な! ハキム!?」


 心当たりはあるらしい。ちゃんと分っていてくれなければ殺す意味などない。


「ここで死ぬのはご自分の中に流れる血の所為だとお気付きいただけましたか?」

 自然と口角が上がる。

「そんな馬鹿な! どうしてここに? いや、待て! あれに僕は関係ない! 関係ないだろう?」

「血統を否定なさらぬよう。踏み台にして成り上がろうとしていた血統を」

「ぐぅ」


 問い詰める気もないし、そんな時間もない。青い機体はもうすぐ近くまで迫っていた。


「では、自分はこれで。生き延びたければ、見捨てた弟に勝つことです」

「待ってくれ! 僕を守れ! そうすれば、あとでいくらでも……」

「見苦しいですよ?」


 ロロンストは彼を狙うブレアリウスの編隊機に牽制のビームを放った。


   ◇      ◇      ◇


「観念しろ、アルディウス」

 戦闘開始を通告する。

「待つんだ、ブレアリウス。負けを認める。軍を退くからここは見逃せ」

「あんたが将だろうが? 往生際が悪い」

「考え直せ! そうだ、いい事を教えてやる! 宝箱の在処を知っているぞ。見逃してくれるならもっと情報をやる」


 見慣れない機体に乘っているが中身は間違いなく長兄。なんだかんだと言ってきても見逃せばはぐらかすに決まっている。そして次なる罠を仕掛けてくるのだ。


「シシルのことならテネルメアの関与が判明してる。場所の目星などついてる」

 おいそれと手を出せる場所ではないと知れている。

「配下に命を懸けさせておいて逃げられると思うな」

「くそ、スレイオスを信じるしかないのか!」

「勝負!」


 連射を躱しながら三連装砲に光を吐かせる。アルディウス機は膨大な量の推進光を生みだすと瞬時に移動して避けた。機動力はかなりピーキーな設定になっているらしい。


「かっは!」

「ん?」


 見た通り、パイロットへの負荷も大きいようだ。兄の苦鳴が聞こえてきた。


「情報、取っておいてもらえるか?」

『ええ、そうしておきましょうね』

「ありがとう」

 言わなくてもシシルの分析が始まっている。

「なにがオポンジオは超高性能アームドスキンだ! 奴め、こんな怪物を押しつけやがって」

「それに命を救われていると解れ」

「うぐぅ! こんなんで!」


 ひどく直線的だが回避能力は高い。堅牢そうなごてごてと重い機体に大出力のスラスター。一つひとつの能力が高かろうが、全体にバラバラな印象。都度、パイロットに悲鳴をあげさせるような代物である。


(技量しだいで使えんことはなさそうだが、あんたの腕には余っているようだな、アルディウス)


 遠慮など不要。パルススラスターに連発音を鳴りひびかせるとレギ・ソードは即座に反応してくれる。

 左からの袈裟懸けの斬撃にブレードを絡めて逸らす。そこから真上に剣身を跳ねさせるが、逆進をかけた兄の機体の右のショルダーユニットを削っただけ。推力と反射神経のみで躱されている。


(耐えられるのか?)


 ランチャーが連続で光芒を吐き、間合いを稼ごうとする。だが、彼は至近距離で躱しつづけ、相手の思い通りになどさせない。上下の別なく舞い踊る青い機体はことごとく射線から逃れている。


『データは十分ですわよ』

 シシルのアバターが手で丸を作っている。

『機体名「オポンジオ」。強力なパーツの寄せ集めですわ。これを乗りこなすには一種の才能が必要ですわね』

「だろうな」

『保守と調整にも膨大な手間がかかりそう。お世辞にもパフォーマンスの良い機体ではなくってよ』


 実物が証明している。オポンジオは徐々に動きが悪くなってきていた。アルディウスの体力を削り取りながら動いているようなアームドスキンである。


「終わりだな、兄よ」

「お前に兄などと呼ばれたくもないね!」


 意地だけが突出する。彼のようなタイプは、それなくば自己顕示できないのだと思う。戦場には向いていない男だ。


「冗談じゃない! こんな場所で得るものなんかないじゃないか! 父上はなにを考えてるんだ!」

「あんたにあの人の胸の内が読めるのならばもっと苦戦していた。そういうことだ」

「泥臭い成長なんか僕には必要ない!」


(負け惜しみだ、それは)


 熱が冷め、虚しさばかりが募ってくるのを押しとどめて踏みこむ。切っ先を舞わせると逆袈裟に斬る。咄嗟に加速したオポンジオの両足を刎ねた。


「ブレアリウスぅ! お前なんかにぃ!」

「逃がさん」


 反転して逃げようとする背中に追い下がる。大振りな一閃は右の肩口から入り、スラスターと制御部を斬り裂く。そこから押しこんで対消滅炉エンジンを貫いた。


「くそぉー! 僕はまだ!」


 ハッチがはじけ飛んでくるくると回る。射出された操縦殻コクピットシェルがガスを纏って飛ぶ。しかし誘爆の炎で真っ赤に熱されてしまった。


(潔ければもっとマシな死に方もできたものを)


 ブレアリウスは兄の最期を憐れんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る