錯綜する策謀(9)

 旗艦エントラルデンの艦橋ブリッジは騒然としている。おそらく、どの艦も似たような状況だろう。

 ただし、それは戦況の悪さを表しているのではない。複数の別動隊に対処するのに通信士ナビオペが自分の担当編隊へ指示するのが忙しいだけ。その実、整然と機能している。


「この状況は想定内ですか?」

 タデーラはゆったりと構えている金髪の司令官に尋ねてみる。

「正確にいえば予想通りですね」

「中規模別動隊での攪乱を予期していらっしゃったのですか」

「最初から伏兵だと思っていましたよ。この期に及んで軍事ステーションへの戦力配分で我々を阻止できるとは思っていないでしょうから。それなら接近を確実に補足してまとまった戦力で迎撃すべきです」


 サムエルは情報を得たときから相手の作戦を想定していたらしい。それが今日の状況を生みだしている。


「では初戦も?」

 そんな気がしてならない。

「ええ、大軍相手に分散攻撃など効果薄です。どうも母艦攻撃を画策しているようなので、回避したがっていると見せかけました」

「今回の作戦をそのまま実行させるために、ですか」

「そういうことです。GPFはホールデン博士を守るのに神経質になっていると思わせたかったんです。実のところそんなでもない」

 名前が挙がって司令官席を見つめるデードリッテに苦笑している。

「博士を狙って上手くいくはずがありませんですよね?」

「でしょう? そんなことをすれば、あの狼を本気にさせるだけです。何もしなければ作戦行動に縛られる彼が今は暴れまわっています」

「結果があれですね」


 戦術パネルを賑わわせていた別動隊は急激に数を減らしつつある。メイリー編隊に崩されて他の友軍にとどめを刺されている所為だ。


「まあ、保険に直掩を六百ほど置いておきましたけど。それだけ居れば一撃目はしのげるはずですから」

 警戒強化を演じつつ、そんな思惑があったようだ。

「実際にはブレアリウス操機長も敵司令官の意図を分析していたようです」

「それにはちょっと驚かされました。彼はまだ進化していたんですね」

「彼の向上心は侮れません。全てがシシル救出のためではあるんですが」

 努力を惜しまない狼には頭が下がる。

「だってブルーだもん。もっともっと強くなるよ~」

「博士の期待に応えなくてはならないのも大変そうです」

「そうかもですね」


 揶揄に頬を膨らませる亜麻色の髪の少女。彼女のひたむきな努力と信じる心が空色の瞳の人狼を高みへと昇らせていく。そんな一面もあると感じる。


 タデーラはそんな会話をしていられるくらい安心感も抱いていた。


   ◇      ◇      ◇


 艦隊周辺宙域の戦闘は徐々に沈静化していきつつある。メイリー編隊も多少の余裕をもって動けるようになっていた。


(動かしてこそ真価を発揮するわね、レギ・ファングは)


 前回から一転して機動力が全てを物語る戦闘になっている。彼女に与えられた遺跡オリジナル機は要求に忠実に応えてくれていた。


(やっと掴ませてくれたわ、この暴れん坊も。素っ裸で宇宙空間を泳ぎまわるような感覚はしばらく慣れそうにないけど)


 思ったところにズバリと来るような感触はゼクトロンでも十分に味わえた。それでも動かしているという感覚はどうしても拭えない。

 ところがレギ・ファングはそんなものとは無縁。意識したら動いているというのが正解に近い。抜けるような感触だけがメイリーの中に残る。肌触りという表現がぴったりとくる。


(これはヤバいわ。こんなの乗ったら、もう他の機体なんて重くて乗れない。きっと身体にまとわりつく重たい服を着ているみたいに感じちゃう)


 迫ってくるボルゲンは遥かに大型。三機もまとまってくれば躱しに掛かるしかないと思える。

 しかし、視界の中に自機を放りこめる隙を見つけたら瞬間的に判断が変わる。いけると思ってしまうのだ。


(本当に一機分だけ)


 一機目の突きの上に機体を添わせるように前傾する。気付いたときには右肩に足がかかっている。見えた背中を斜め下に撃ちぬいた。

 二機目がレギ・ファングに向けて膝を跳ねあげている。その膝に左の拳を叩きつけて前転。踵を頭部に落とした。


「なんだとぉー!」

「いただき」


 仰天した声を発する敵機を反対の足で蹴りつけながら離れる。三機目が斬りつけてきたのをブレードで受け、ビームランチャーは頭を潰した二機目を照準した。

 トリガーを押しこんでから左の手首を返して三機目を金色に輝く刃で下から撫であげる。リフレクタが紫電を走らせた時には背後へと回っていた。胴体の真ん中に切っ先を突き立てると上へと斬りあげた。


(できちゃうもんね)


 我ながら驚く。ほんの数秒のうちに二機を撃破、一機を大破させている。大破したボルゲンにはエンリコの放ったビームが突き刺さったところ。


(かなり近くなったわよ)


 青い僚機の背中は少し前。レギ・ソードにもついていけるようになっている。ただし狼も五機は撃破している模様。


「ちょいちょい、待ってよ、リーダー!」

 優男の悲鳴。

「二人分の後処理はぼく一人じゃ厳しいって!」

「じゃ、あんたもレギ・ファングをもらえば? 少しは楽になるかもよ」

「無理むり。今みたいにアクロバティックな機動なんてできないから。ブレ君に似てきてるの気付いてる、リーダー?」


 意外に思う。が、思い返せば否めないことをやっている。


(近くなっているのは背中だけじゃなかったのね)

 苦笑いする。


「何でもいいから、ちょっとペース落としてくんない?」

「無理だな」

 狼に一言の元に否定される。


 今度ばかりはメイリーも声を立てて笑っていた。

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