錯綜する策謀(3)

 ロロンスト・ギネーは軍本部の廊下を歩いていた。アルディウスの作成した草案を基に、彼が編成した要員の配置を提出してきたところ。


(通してくれるかな?)


 支族ごとのバランス調整はしたものの、草案からしてアーフ支族の割合が高くなっている。思い通りにならないのを嫌うアルディウスの提案らしいといえよう。


「どうだ? アルディウスの下は働きやすいか?」

「閣下……」

 いきなり最終承認を与える相手が現れる。

「フェルドナン閣下ほどではありませんが、それなりに働き甲斐はありそうです」

「ならいい。文句があれば遠慮なく俺に言え。あいつは聞き入れんだろうからな」

「一応承っておきましょう」


(単なる様子窺いか? 釘を刺しに来たんじゃなさそうだが)


 有無を言わせぬ配置替えに不満を抱いていないか気にしたようである。ひと癖ふた癖ある息子の下につくのを嫌うと考えたのだろうか?


「現状、あれがアーフの後継になる。栄達のためなら早い時期からお前の実力を見せておいたほうが良いと考えた」

 彼を見る銀眼には気遣いの色。

「そうでしたか」

「悪いと思っている。もしかしたら苦しめているとも考えた。だが、俺にできるのはこれくらいだ」

「とんでもない。自分には不似合いな地位をいただいていると思っております」

 かしこまって尻尾が下がる。

「ただ、閣下がご勇退なさるにはまだお早いのではないかと? 自分も学ぶべきものが多くありますので」

「言うな。俺はここまで。大成する可能性があるのはアルディウスのほうだぞ?」

「ご謙遜を」


 口元に薄い笑み。フェルドナンが冗談を言うときの癖だ。それくらいに付き合いは長い。いつも彼の視線は柔らかかった。


「ご子息に会いました」

 その表情に油断して、留めておくべきものがこぼれ落ちてしまった。

「会ったか」

「はい」

「どうだった?」

 何も言わずともブレアリウスを指すのは通じている。

「立派になってましたよ。経歴からして、とてもそうは思えないほどに」

「そうか」

「ええ」


 微妙な空気になる。だから言ってはいけなかったのだ。後悔に口を閉ざす。


「いずれ俺も相対あいたいさねばなるまい」

「そうしてやってください」


 いたたまれなくなってきた頃合いにフェルドナンが「行け」と促してくれた。彼は一礼して背を向ける。


(気にかけていらっしゃったのか)


 複雑な思いを胸にロロンストは軍本部をあとにした。


   ◇      ◇      ◇


 デードリッテはそれほど忙しくない。本来なら解放されたレギ・ファングのメンテナンスマニュアルやレギ・ソードのマニュアルも作成しなくてはならないところなのだが、それはシシルが即座に出力してくれた。


 余った時間にレギ・ソードの設計図を精査していても、そちらは一向に進まない。唸っていると、いつの間にか金髪美女アバターが興味深げに後ろから覗きこんでいる。未解析部分の機能を教えてくれるでもなく、見守っているだけ。


(試されてる~)

 まるで義母に家事の腕前を見られているかのよう。愛想笑いを返すしかできない。


 頭蓋骨の中身が煮えるんじゃないかというほどに考えていると疲労も激しい。そんな生活に慣れた彼女は息抜きのタイミングも心得ている。

 旗艦ここでなら相手にも事欠かない。カフェテリアのテーブルには狼とエンリコ、メイリー編隊通信士ナビオペのユーリンというメンバー。


「忙しい、ディディー?」

「そんなでも~」

「わたしもー」

 ユーリンがアイスをすくったスプーンを口に運ぶ。

「レギ・ソードのスペックデータはすぐに上がってきたから落としこんだし、今度のレギ・ファングのは、前のウルフので良いんでしょ?」

「うん、そのまま転用で」

「んじゃ、たいした作業量じゃないし」


 シシルがOSを解放してくれたので、試験的に量産されたレギ・ファング十機のうち一機がメイリーに任される。その話だ。なのでメイリーは今、整備士メカニックのミードと絶賛機体調整中である。


「ねえねえ、リーダーやブレ君だけじゃなくってぼくも構ってよ、ユーリンちゃん」

 そのままゼクトロンを使うエンリコがごねる。

「知らない。不必要な仕事はしない主義」

「そんなこと言わずにさ。ベッドの中じゃあんなに可愛かったのに」

「だっ!」

 ユーリンが目を剥く。

「うるさい! あの時は弱ってたの! 誰かに縋りたかっただけ!」

「えー」


 狼と彼女がアゼルナで潜伏中のこと。あの間に二人は深い仲になったらしい。


「言ってもさぁ、あれから何度も……」

「言うなっての!」

 赤毛のナビオペは顔まで真っ赤にして優男の口をふさぐ。

「仲良しなのはいいこと」

「ディディーにはそう見えるの?」

「だって結構惚気られてるもん」


 しばらくして打ち明けられている。それからは色々と話を聞いていた。


「仲良ししてる時の癖とか」

「わおわお、そんな話までしちゃうわけ?」

 割と生々しい話まで聞いている。

「女同士だと案外ね」

「ひえー」

「丸裸~」


 エンリコは悶絶している。予想外の出来事らしい。


「でもね、ブルーはどうしてるの?」

「外してる」

 さも当然のように言う。

「どこへ?」

「汗を流していれば時間などすぐだ」

「ふ~ん」

 どうせ鍛錬しているのだろう。

「ブレ君はブレ君でディディーちゃんと汗を流せばいいのにさ。研究室のベッドなら誰も邪魔は入らないのに」

「汗~!」


 優男が反撃とばかりに指摘してきた。彼女も顔を赤くする。


「しない」

 横目で窺うとブレアリウスはすぐ否定した。

「わたしは……」

「目的を達して将来を考えられるようになるまで待ってくれ」

「将来……」


(結婚まで考えてるから踏み出さないでいてくれるんだ~)

 思わず顔が蕩けてしまう。


 そのあとはエンリコとユーリンに散々いじられたデードリッテだった。

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