錯綜する策謀(2)
低頭する支族の列に軽く手を挙げて応じる。一応は気にかけているぞというポーズ。アルディウスにとって、そんなものは壁の一部に過ぎない。いちいち構ってなどいられない。
(油くさい)
鼻頭に皺を寄せないよう辛苦する。
(わざわざ来たい場所じゃないだよね。この機械油の匂いがしばらく鼻から抜けなくなるんだよ)
こんな場所を日常にするなど気が知れない。極力短時間の滞在で済ませたい。
「なんだい、スレイオス」
無言で現れた腰ぎんちゃくの白い狼に先導されてその部屋へ。
「良いニュースならありがたいんだけどさ」
「決まっている。必要なんだろう、強大な力が?」
「そりゃあね」
(気を持たせるな。いやに鼻につくからさ)
不遜な態度に閉口する。
「作らせておいた」
指で示された窓内にはアームドスキンが屹立しており、彼子飼いの
「新型かい? 早いね」
「『オポンジオ』だ。使うといい」
「ふぅん」
窓に近付いて全体像を目に入れる。妙にごてごてとしたイメージが拭えない。豪壮といえばそうなのだろうが、美しさは無縁である。
「あの
アシームのことを揶揄している。
「拾い集めた部品情報を出させてみれば有用なものだらけだった。あ奴は使えないとほざいていたがな」
「それを君がまとめて一機組み上げたっていうんだね?」
「寄せ集めたのではない。バランスを取って、足りない部分を補填するのも容易ではないんだぞ」
(自分を大きく見せるのには余念がない、と)
漏れそうになる失笑を鼻の中に留める。
「精度を要求される。二機しか組みあげられなかった」
確かに並んでいるのは二機だけ。
「そもそも、そのへんの整備士ではメンテナンスができない。人員を貸しだすからこれだけにしてくれ」
「仕方なさそうだね」
「ベハルタムと貴殿に任せる」
(使うかどうかは乗ってみてからかな? 少なくとも趣味には合わない)
美感に劣る。
しかも通常要員ではメンテナンスできない時点で運用に問題がある。夢想家とまでは言いたくないが、完璧主義なきらいがありそうだ。
「預かるよ。僕自身に出番がないのがベストだけどね」
「ベハルタムに使わせるだけでも違う。運用は任せる」
「力強いな。これからも頼むよ」
(そこまで口出しさせるわけないじゃないか。ここで油の匂いに塗れていろよ)
虚飾の言葉を紡ぎながら見下す。
「これだけかい?」
「当面はな。面白いものも宝箱から取りだせている。楽しみにしておいてくれ」
(あまり期待しないで待ってるさ)
アルディウスはスレイオスを値踏みしながら辞去を告げた。
◇ ◇ ◇
「透けてみえるな」
スレイオスが鼻を鳴らしている。
「権力層の匂いがプンプンする。これが今のアゼルナの限界だ。見ておけよ、ベハルタム」
「ああ」
「思いきった改革をしなければこの星間銀河に進出することなど叶わないというのに、
嘆かわしいと言わんばかりに耳が前に寝る。それでもスレイオスの金の瞳に諦めの色はない。成してくれると思わせてくれる。ベハルタムの赤い瞳はそれを読みとっていた。
「向こうは役に立たねば切り捨てる気だろうが、果たして切り捨てるのはどちらだと思ってる?」
野心が口唇をあげさせて牙を覗かせる。
「変えてみせるぞ」
「ああ」
(スレイオス・スルドならやってみせるだろう。そう思わせてくれたからついてきたんだ)
白狼の意志は固い。
ベハルタム・ゲルヘンが生まれたのは二十八年前のハルゼト。当時はまだアゼルナの反発は顕在化しておらず、自由経済の名の下に社会は豊かさを深めていた。
アルビニズムとして生まれた彼も最初こそ紫外線などの問題に悩まされるも、手厚い福祉制度で身体に合う薬が見つかってからは普通の生活が送れるようになった。
特に
アゼルナンの中でアルビニズムは弱さというイメージがある。それが差別を助長して、あまりよい環境とはいえない状態だった。
鬱積する不満の中で育った彼は、いつしか研鑽の日々へと埋没していく。自らを高めることでアゼルナン社会の理不尽に対抗しようとしたのだ。
しかし、身体能力を高めてハルゼト軍に入隊し、パイロットに選抜されるほどになっても向けられる目は改善されなかった。余計に煙たがられるだけ。
(旧弊の中に居場所はない。アゼルナンは変わる気がないんだ)
そう思うようになっていた。
そこに光明が現れる。スレイオス・スルドという男。
彼は民族融合という一見古い看板を掲げつつ、その実現のためにはアゼルナンの進化を望んでいた。独立を謳っても、民族の革新なくば継続しないという考えを持っていたのである。
(スレイオスなら変えてくれるかもしれない)
高い理想と強い自信を持つ男に未来を感じたのである。活路を見いだせない今のベハルタムの命ならば、彼の理想の後押しに使うほうが意味をなすと思えたのだ。
「お前の未来も作ってやろう。全てをかけて私に従う気があるのならばな」
協調の意を示した彼にスレイオスはそう言った。
(何もできないままで埋もれるくらいなら、全力で貫き通してみよう)
走り抜ける覚悟で後に続いた。
そのスレイオスは今、民族の中心地で力を示しつつある。白狼も間違っていなかったと信じて突き進んでいる。
「アルディウスは旧弊が結実したような男だ。今は利用できるが、いずれは邪魔になる。意味は分かるな?」
「分かった」
ベハルタムは赤い瞳に決意を宿し、新しいアームドスキン『オポンジオ』を見つめていた。
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