第十三話

錯綜する策謀(1)

 カウチソファーに寝そべって微睡む美女の面立ちにはあどけなささえ感じられる。真っ直ぐな金色の長い髪がソファーを覆うように流れ、身体からは完全に力が抜けている様子。柔らかな曲面を描く瞼が静謐さを湛えていた。


 それらは全て心象表現でしかない。ここは情報だけが飛び交う空間。相手が見せたい形でものが見えているだけ。

 彼女のダークブロンドの髪も群青に見える深い青で満たされた瞳も、何もかもがそう見せたいからなのだ。彼ら『ゼムナの遺志』にとってそれは不変の個を表す心象。


 白い瞼がゆっくりと開き彼女、エルシのほうを見る。晴天の水面を思わせるような青が穏やかに迎えてくれた。静かに変化した口元が微笑を形作る。


『疲れているのではなくて?』

 傍らに生みだした一人掛けのソファーに腰を下ろすと、背もたれに肘を置いて覗きこむ。

『いいえ、今はもう大丈夫ですのよ。閉ざされていたときは、いつ果てとない闇に飽いでしまっていたけれど』

『侵入攻撃に苦しめられているのかと思っていたわ、シシル』

『最初は不快だったけれど、チクチクとした痛みでは慣れてしまうものですのね』


 シシルは呆れるように自分の頬に手をやる。苦笑いの色が少し混じった。


『子供の悪戯ですのよ。それだけに時々意表を突かれることもあるのですけど』

 仕方ないと言わんばかりの声音。

『難しいところかしら。度を越せば叱らなくてはいけないもの』

『わたくしには無理。原因不明とはいえ、落ち度は認めなくてはならないわ。咎を与えるくらいなら自らの終焉を望みます』

『情で滅ぶのもあなたらしいというべきかしらね』


 情が彼女を動かす。それが幸福をもたらし悲劇の元でもある。


『あら、エルシ? あなたには心持ちの変化があったのですわね?』

 興味深げな視線。

『自覚してるわ。私の中にもあなたと同じものがあったのよ。あれほど頑なに旅立ちを主張したあなたと同じものが』

『よい出会いをしたのですね』

『実感してる。求められなければ気付けなかったのに愚かさを感じていてよ。今ではあなたの気持ちが解るもの。だから静観してる』


 昔の自分だったらとうに動いていただろう。物事を進めるには状況作りが第一と考えていた頃なら。


『全知ではない私たちは運命の欠片でしかないわ』

 最近はそんなふうに思っている。

『人間のバイタリティのほうがよほど修正力を持ってるもの』

『そうね。結んだえにしが今を作る。刻の流れからは逃れられないのですわね』

『身を任せたほうが正解。いえ、幸福と言うべきかしら』


 人類に促したのは進化であって矯正ではない。彼らは創造主と同じ存在の誕生を願っているのではないのだ。


『わたくしも可能性の芽に水をあげるのがちょうどよいと思っていますのよ』

 含んだ意味の大胆さがエルシには無いもの。

『あれはCシステム搭載機ね?』

『どう転ぶかは分かりませんわ。でも、もし……』

『あの人狼はなんの能力も持ってないものね。仮に起動できたとしたら「時代の子」よ。もしそうなら、導かれたのはどちらかしらね、シシル?』


 二人はくすくすと笑う。まるで悟りきった聖母のように。


『この感情こそがわたくしたちを生かしていますのよ』

『存在意義に逆らっても無駄ね』


 常ならぬ刻の流れの中でエルシとシシルは笑いさざめいていた。


   ◇      ◇      ◇


 アルディウスは父の真意を測りかねていた。それでも時間というのは残酷なもので、彼の上にも平等に降り注いでいる。


 アゼルナ軍総司令であるフェルドナンに星間G平和維P持軍Fの撃退を命じられれば、戦機将であるアルディウスは従うしかない。血気に逸る兵は意気込んで準備に邁進し、全体の気運へと変化していく。


(焦ってことを運ぶタイプじゃないんだけどさ)

 慎重派を自認している。

(消極的なところを見せれば兵にそっぽを向かれるな。そんな印象を持たれると、いざって時に動いてくれないか)

 尻尾を立ててみせねばならないときもある。


 彼が監督せずともロロンスト・ギネーが差配して準備は着々と進む。初陣というわけでもないから緊張もない。紛争初期ではパイロットとして父の配下で参戦もした。

 戦機将の立場で臨むのと司令官兼務で臨むのでは違いはあるが、どちらかといえば指揮をしているほうが気は楽である。戦闘が怖いのではなく性分の問題だろう。


(策がないでもないけど、それでいいのかっていう点がね)

 作戦に自信がないのではない。

(向き合えってのはなんなのさ。正面切って撃破しろっていうならいい。何となく意味が解る。それだと向き合えとは言わないんじゃないか?)

 そんな無意味のことを言う父親だとは思えない。

(あの出来損ないが何か知っているとでもいうんだろうか。ホルドレウスやエルデニアンにも匂わせるようなことを言ってたみたいだけどさ、それはあのシシルのことだろう)

 宝箱の中身についてはもう知れわたっている。


 最初から何も持っていなかった末弟が、彼も持っていないものを持っているとは思えない。小娘に飼われているだけの狼くずれから学ぶべきものがあるとも思えない。 


(ゴート遺跡はあいつを選んだんだからなにかあるかもね)

 切り口とすればそのあたりか。

(会えば分かると思ってるんだろうね、父上が感じ取っているなにかが)


『目的地に到着いたします』

 カーオペがスピードを緩めつつ告げてくる。

「やれやれ、好きにさせすぎたか? この僕を呼び出すとはね」

『お疲れさまでした』

 完全に停車して、ドアが自動で開く。


 そこはアーフ家の工廠の一つ。呼び出したのはスレイオス・スルドである。


 映像解析でロックを解除したドアへとアルディウスは入っていった。

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