錯綜する策謀(4)

「いまだ情勢落ち着かず、ですか」

「混乱しておりますな」


 旗艦エントラルデンの司令官ブースでサムエルとウィーブが観ているのはハルゼトの状況。民間の報道だ。恣意的な情報が混じるので政府主導の報道機関は停止させられている。


「デモは過熱する一方。対して政府は沈黙を守ったままとくれば致し方ありません」

「辛抱強いですね」


 市民は携帯端末でそれぞれの主張を表示させたパネルを掲げて行進している。警察による抑止行動は行われていないので規模は拡大するばかり。


「勧告はなされていたはずですよね?」

 タデーラも一応は気にしていた。

「ええ、されています。現政権が施政権を放棄して解散し、管理局の実施する民主的な選挙の結果による新政権が樹立し、自治が安定してきたと認めれば統制管理国指定は解除されると」

「すでに経済は逼迫しているのでは?」

「対外的な経済は、という意味では正解です。しかし、食糧事情が悪くなるというほどではありませんし」

 行進している市民にもそこまでの切迫感はない。

「人権保障の観点から、惑星軌道付近での活動は禁止されていないからですよね」

「軌道エレベータとプラントが機能している限り、飢えることはありませんし。ただ、渡航と交易は許されていませんので商社関連は軒並み壊滅的でしょうね」

「税収も落ち込んで、政府機能もままならないのにどうして勧告に従わないんでしょうか?」


 彼女は不思議でならない。ハルゼト政府はすでに継続維持は不可能なはずなのだ。


「待っているんでしょうね。アゼルナが継戦の意思を曲げていませんので」

 美形司令官は処置無しと言わんばかりの口調。

「まさか、まだ統合されたいと願っているんですか?」

「おそらくは」

「市民はもう目が覚めているんですよ? かつてがお仕着せの自由だったとしても、どれほどに貴重であったのか」

 だからこそ訴えは拡大していっている。

「信じられないんでしょうね、民族統一派に染まった政府は人間種が保障する自由など。いつ、また勝手な都合で奪われてしまうかもしれないと」

「人間種の社会の象徴たる星間管理局より士族会議が作るアゼルナンの伝統ある社会構造を求めているのだと思う。数千年の時を積みあげてきた体制のほうがアゼルナンに向いていると信じきって」

 ウィーブも政府の心理を代弁してくれる。


 戦争という形とはいえ、今のアゼルナは管理局と対等に渡りあっている。それが現体制の強さだと信じているからだとサムエルは言う。


「市民が同調せず、デモによる反発を続けるからといって過激な抑止行動に出なければいいんですが」

 それだけが不安の種。

「無理ですよ。警察機関は機能していますが、惑星軌道には星間警察の監視船団も張り付いています。人権を無視するような行動に出れば即時介入です」

「混乱が続くんですね」

「紛争解決を急ぎたいところですけど強硬策は難しいんですよ。最も怖ろしい相手を残しているので」

 彼はわざとらしい渋い顔をする。

「誰ですか?」

「フェルドナン軍司令。ブレアリウス君のお父君です」

「それほどの方なんです?」


 意外に感じる。司令が怖れるほどの人物なら、どうして後方に下がっているのか分からず疑問をぶつけた。


「軍備の充実を画して本国で動いているようです」

 予想を教えられる。

「しかし、彼が指揮した紛争介入序盤では良いようにやられました。前任者は相当苦しめられたといいます。ハルゼトまで攻め込まれたところで僕が着任してぎりぎり食いとめましたけど恐るべき手腕でした」

「信じられません」

「事実なのだよ、タデーラ君。自分でさえ艦載機を降りて以降、戦場で初めて恐怖を感じた」

 ウィーブまで賛同する。


(ブルーのお父さんってすごい人? 作戦立案実行力において司令の右に出る者は私の知る限りはいないのに、その方をして怖がらせるなんて)


「そのうち、嫌でも当たらねばなりません」

「遠慮したいものですなぁ。できれば後方に張り付けにしておきたい御仁です」

「そのためにはアゼルナ軍を削れるだけ削るしかありませんよ?」


 苦笑いで会話する二人にタデーラは口を挟めなかった。


   ◇      ◇      ◇


「確認取れました」

 ロロンストがアルディウスに報告する。

「百二十隻規模に膨れ上がっています。現在、本国に向けて接近中」

「三千六百の戦力、仕方ないね。足留め策は猿の浅知恵で頓挫したから出てくるさ」

「フェルドナン閣下のご配慮で改良型アルガスの導入も進んでおります。主要部隊と各隊長あたりまでは配備できていますので戦力的には五分かと?」


 二人がいるのは、副官の指揮下で前回出撃した四十隻の艦隊。その旗艦ドロステアの艦橋ブリッジである。

 搭載機は全部で千二百。星間G平和維P持軍Fの三分の一でしかない。それでも五分というのは理由がある。


「お任せいただいた戦力は四千近くになります。あの配置でよろしいのですか?」

 同等の百二十隻の戦艦も準備されるはずだったがアーフ家の長兄は拒んでいる。

「いいんだよ。どうして真正面から激突しなきゃいけないのさ。古臭い慣習に捉われるから痛い目見てきているんだろう?」

「伝統を重んじられたエルデニアン様やホルドレウス様を悪く言われるのは……」

「結果はどうだったんだい? 負ければ意味はないね。僕は勝てない策はとらない」


 副官は不安に感じているようだが、彼も千二百で勝つとは言っていない。


「とりあえず出方を見る。それからさ」

「御命のままに」


 アルディウスは口元に不遜な笑いを浮かべたまま宙図を見つめていた。

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