探究と生命(14)

(ブルーが帰ってくる)

 救護活動まで終えたアームドスキン隊がスラスターを瞬かせながら帰投している。


「どんな感じ、タディ?」

「議論は交わされてるみたいだけど表面化にはタイムラグがあるかも」


 言うべきことは言ったつもりだが、世論は簡単には動かないのだろうか? それとも彼女の言葉は響かなかったか。


「もうひと押しってとこかも。誰かが最初に声を上げればね」

 タデーラが戦術参謀席でモニターしている限り、表立った変化はないようだ。

「お疲れさまでした、ホールデン博士。もうじきです」

「はい?」


 デードリッテは意味が分からず首を傾げた。


   ◇      ◇      ◇


「あんなものは詭弁だ! 研究者が口にするようなものじゃない!」

 ヨルン・ゴスナントは群がるインタビュアーに吠える。

「まるで宗教家の言い様ではないか! あの娘は自分が神にでもなった気か?」


 正確にはウェアラブルカメラの向こうの視聴者に向かって主張する。マスメディアは彼の味方だ。いくらでも取り返しようがある。


「考えてみるがいい」

 喉を嗄らして強弁する。

「そこに画期的な技術があるのだぞ? それがどれだけの利益に繋がると思う。どれほど豊かな暮らしに貢献すると思う。難しい生命論議など生活の役には立たんではないか。そうは思わんか、みんな!」


 一般人など欲望をくすぐるだけで動くと思っている。事実、共生関係にあるメディア各社は一様に同調を示している。


「人類全ての益を捨てて……!」

「そこまでにしてください、教授。星間G保安S機構Oです」

 突然現れた三名の男が投影したホログラムで身分を示す。

「星間警察!?」

「教授の通信ログを調べさせていただきました。アゼルナとの交信は証拠として記録されています。あなたは利益供与を受けておりますね?」

「な……にを……」

「星間法違反の共謀容疑で逮捕状が出ております。確認をお願いします」


 逮捕状を投影パネルで示していた刑事が顎をしゃくると、残り二人が両側から拘束する。時間と逮捕事実が告げられた。


「貴様ら、儂を誰だと思っているー!」

「ただの容疑者ですよ」


 ゴスナント教授がいくら抵抗しようと拘束が解かれることはなかった。


   ◇      ◇      ◇


『ご覧のように学術協会幹部が次々と逮捕されていきます! これは未曽有の事態です! いったい何が起こっているのでしょう?』

 メディア各社は対応を決めかねているようで、現状だけしか伝えられていない。


「少しは風通しが良くなるでしょう」

 サムエルは当たり前のように言っている。

「これは?」

「怪しげな人物に心当たりがありましたので調べてもらいました。逮捕に必要な証拠が挙がったのは幹部数名というとこでしょうが、彼らの証言から逮捕者は増えるかもしれませんね」


 管理局批判の急先鋒だったメネ・カイスチンファーゲン教授も逮捕連行される様子が流されている。協会は大ダメージを負ってしまいそうだ。


「頃合いでしょう」

 サムエルはまるで予言のように言う。


『私はホールデン博士の主張が正しいと思う』

『僕もだ』

『わたしもだけど教授がなんて言うか分からないから言いだせなくて』

『メディアの主張は間違っている。ゴート遺跡は立派な知性で人権を認めるべきだ』

『協会の判断は誤っている。改めなければならない』


 協会員から次々と意見が噴出し、それは勇気をもって反論したデードリッテへの賞賛へと変わっていった。


「そう時間を置かず一般にも伝播していきますよ。マスメディアも世論に日和らずにいられなくなります。我々の勝利です」


 相乗効果を狙っていたのだろう。それも計算に入れて彼女の反論中継の後押しをしていたと思われる。


(この人はなんて恐ろしい)


 銀河に溢れる騒動のうちの一つに過ぎない。それでもたった一人の男が全てを制御して解決に導いたのだ。


 デードリッテは背筋も凍る思いで金髪の司令官を見あげていた。


   ◇      ◇      ◇


(くだらない茶番だったな)

 学術協会の腐敗を暴くニュースショーを眺めながらアルディウスは思う。

(お膳立てしてやったのになんでもっと上手に立ち回れないんだか)


 つまらないミスで全てを台無しにしている。それで銀河の頭脳を主張するのだから、おこがましいにもほどがあると感じる。


(どうして証拠を残しておく? 本当は頭が悪いんじゃないかい?)

 連行される様子が映されている老人や老婦人に失笑を禁じえない。

(手間のわりにたいした足留めもできなかったか。さて、次はどうしたもんだろう?)


 思案を巡らすが、彼とてそうポンポンと妙案が浮かぶわけではない。


「いたか、アルディウス」

 居間に入ってきた人物に、その銀眼で見据えられる。

「おかえりなさい、父上」

「細工は流々だが、仕上げはいただけなかったようだな」

「何のことですか?」


(見透かされてる。これを超えないといけないっていうんだから、母上を喜ばせるのは骨が折れるね)

 彼自身の野望でもあるが。


「まあいい」

 フェルドナンは自走してきた給仕機に軽めのアルコールを出させると舌を湿した。

「座っていても得られるものは少ないぞ。多くを求めるなら自ら立て」

「これでも努力しているつもりなんですが、父上のお目に適いませんか」

「政治家として送り出すなら今のままでも構わん。だが支族を纏め、さらにその上を望むなら力も示さねばならん。それが解っていない」

 怯えで耳が寝そうになるのを気力だけで押さえつける。

「不勉強なのは認めますよ。ですが……」

「行ってこい。俺を納得させたくばブレアリウスと向き合ってくるがいい」


 その台詞は驚きでアルディウスの尻尾を膨らませるのに十分だった。

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