探究と生命(13)

「彼女の知性を否定するということは、知性の定義から見直さないといけないと思うのはわたしだけでしょうか?」

 デードリッテは主張を続ける。

「いいえ、知恵者たる科学技術を生業とする者、学術の門徒たる方ならご理解くださるものと信じています」


 カメラの先、より多くの人々を翻意させなくてはならない。あまり強引にならないよう筋道立てて説明していく。


「では、もう一つの疑問。ゴート遺跡『ゼムナの遺志』は生命なのか否かの問題です」

 論点を変える。

「生命に関しては明解な結論を持てないでしょう。あくまで私見として語らせていただきます」


 そこを掘り下げるとこじれるだけ。持論以上の主張はできない。


「超文明の遺産であるシシルが人工的な存在であるのは否定しません。人造体を生命の分類に入れるのは、様々な観点から否定的なのも分かっています」

 宗教的に拒否感を抱かれたりするだろう。

「わたしの研究者としての観点からすれば、この現代に一切人の手の加わっていない生命のほうが少ないように思えます。人間でさえ遺伝子改変によって多くの先天的疾病を克服してきたではありませんか」


 他の動物は言わずもがな。社会に有用であるよう、太古の昔から品種改良が繰り返されてきたと言いつのる。


「人工的であるか否かを生命の分類に加えるのはどうにも詭弁に思えてしまいます。人類全体の自己欺瞞ではないでしょうか」

 いささか斬新な主張かもしれないが。

「私が思うところの尊重すべき生命は、増殖以外の自己を持つ部分だとしています。ウイルスや菌類など、分裂増殖のためにしか生命活動をしていない個体は尊重しようにも難しいですからね」


 少しおどけた仕草で間を入れる。堅くなり過ぎている気がした。


「子孫繁栄だけでなく自己保存も主張し、そのための意志を示す生命は尊重すべきだと考えています」

 そこを線引きとしている。

「動植物が当てはまりますね。ではシシルはどうですか? もし学術協会が主張するよう単なるメモリーだとすれば、使用者がいなくなった時点で仮想人格は意味を失います。機能停止しているでしょう。なのに、なぜ彼らは今も活動しているのでしょうか? 自己保存本能の為せる業ではありませんか?」


 シシルたちが何を思って活動しているか。デードリッテはずっと考えつづけていた。


「あまつさえ積極的に人類とも関わろうとしてきたようです。もしかしたら孤独を知っているんじゃないかと思います。明らかな意思の表れじゃないですか?」

 条件はそろいつつある。

「それは欲求と言っても差し支えないでしょう」


 導きだすべき答えはそこにある。いよいよ結論を口にするとき。


「知性と意思を持ち、欲求まで兼ねそなえる存在をどうして生命無きものと捉えることができるでしょうか? 私には無理です」

 痛切に訴える。

「人と並び立つ存在以外には感じられません。皆さんはどうですか? そんな存在が傍らにいて道具のように扱えますか? 研究素材として無下に扱っていいと思いますか? そんな主張をする学術協会を情けなく思います。いち協会員として絶対に許せません!」

 ここだけは強弁する。


(ないがしろにしていい命なんて存在しない。学術を志すなら大切なことを思い出して)

 心底から願った。


「皆さんがどう受け取るかは分かりません」

 一転して静かに告げる。

「ただ、わたしの研究者としての信念が正しく伝わることを祈ります。どうか自分を見つめなおしてみてください」


 デードリッテは最後のひと言を同じ学術の門徒たちに向けて送った。


   ◇      ◇      ◇


 砲口を振りながらロロンスト機に向けての三点バーストは残像をも貫けない。大きく躱されただけだが、それで十分。ベハルタムの描く金閃をブレードで弾き、続いて向けられるランチャーを蹴りあげて逸らした。


『デードリッテは頑張り抜きましたわ』

「俺の番だな」


 パルススラスターに連発音を鳴かせながら機体をひねる。レギ・ソードを貫く射線を置いてけぼりにした。

 三連射の圧力が白狼を釘付けにする。膝元から跳ねあげた力場刃がロロンストのアルガスを襲う。リフレクタで紫電を弾けさせた一閃は走り抜けただけ。狙いすました横薙ぎが迫る。その時には返す刃を袈裟に落としている。


「エルデニアン殿を下しただけはある」

 ロロンスト機の胸部には斬線が引かれ、彼の横薙ぎはレギ・ソード腹部のビームコートをガスに変える。

「あいつの実力を知っていて、なお仕掛けるか?」

「ああ、自分にもやり遂げたいことがあるんでね」

「賭すもの、か」


 何かは分からない。分かる必要もない。戦場ここでは誰もが天秤の互いの皿に自分の望みを乗せて重さを比べている。生き残った者の望みが重かったと思うしかないのだ。


「慣れあうな」

「読めんのも困る」


 ベハルタムに関しては感じるものがない。熱意を読みとれない敵は戦いにくいと思える。スレイオスの手駒に甘んじる理由があるはずだが、お互い言葉少なでは通じるのは無理だろう。


 弾液リキッドゲージをにらんで連射を挟む。稼いだ間合いにリキッドカートリッジを換装した。

 仕切り直しと思いきや、二機は間合いを詰めてこない。後退の素振りさえ見せる。バックウインドウを滑らせて確認すると、続々と到着する友軍機の姿が見える。


(なんとか持ち堪えられたか。揺さぶりをかけたつもりだろうが機が悪かったな。こっちも座視はしていない)


 ブレアリウスはアルディウスの目論見をそう読みとっていた。

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