探究と生命(12)

 先行部隊は何とか持ち堪えた。中心にいたロレフ・リットニーが上手にコントロールして後退しながら受け止めたのもあるだろう。緊急発進したマーガレット・キーウェラ戦隊長が指示しつつ急行したのもあるだろう。


 それでもブレアリウスが到着したころには完全に乱戦模様。戦列深く敵アームドスキンの侵入を許している。


「ブルー、左! 苦戦してる!」

 ナビスフィアもそこを示している。

「ごめん。フォロー、お願い」

「分かった」

「後続も回すけどできるだけ抜かせないで」

 通信士ナビオペのユーリンには、より厳しい現状が把握できているのだろう。


 スフィアの横には小さな投影パネルが浮かんでいる。シシルが気を利かせて表示させているパネルにはデードリッテが一生懸命訴えている姿が映っていた。


(応援は聞こえている。ここは俺に任せて君は君で頑張ってくれ)

 そんな思いを一瞬の視線に託した。


「来るよ」

「やってくれるねっ!」


 中破したシュトロンが力場盾リフレクタの影に隠れたまま押し出されたあとに、ばらばらとアゼルナ機が雪崩れこんでくる。友軍の後背に目を向けられる前に気を惹かなくてはならない。


「撃て!」

「もらい!」


 抜けてきたばかりで油断したところにエンリコの狙撃が決まる。ブレアリウスも三連ランチャーを両手持ちで過熱ゲージいっぱいまで連射をくわえた。


「エンリコ!」

「ついてくついてく!」


 乱したところでレギ・ソードで突っこむ。右手にブレードグリップを握ってすり抜けざまに上体を薙いだ。二分したボルゲンはスラスターの誘爆でくるくると回りながら流れていく。


(ここだけ脆かったとは思えんが)


 戦列を下げそこねたのではない。むしろこのあたりは下がりめになっている。受けきれなかっただけ。


(あれか?)

 そう考えていたらアルガスが二機抜けてきた。


「青い機体。先祖返りか」

 聞き憶えのある声。

「白狼」

「ベハルタム」

「憶えておこう」


 言葉少ななやりとりだが意志は伝わる。スレイオスの後ろにいたアルビノの男だ。


(だとすれば、もう一機は誰だ?)

 思い当たる節がない。


「ロロンスト・ギネーだ。僕の名も憶えておいてくれるか、ブレアリウス?」

 呼びかけられる。

「このレーザー回線は便利なものだな。戦ってる相手がいるって感じがする」

「同感だ。気に病むタイプでないならな」

 敵が見えないほうが戦いやすいパイロットもいる。


(何者だ?)

 妙な違和感を覚える。

(俺を蔑称でなく名で呼んだ。意味があるのか?)

 大概がまともに扱われない彼は引っ掛かってしまう。


 相手の照準に合わせて右腕を突きだす。ビームはナックルガードのリフレクタで弾き、そのまま横薙ぎに移行。切っ先が絡めとられて流される。

 向けられた砲口を屈んで避ける。流れで機体をスピンさせて連続の横薙ぎ。読んでいたかのように置かれていたリフレクタを削った。


(できる。これほどの敵がまだいたか)

 手応えが薄い。抜きが利いている。それだけで手練れだと分かる。

(他はメイリーに任せられる? いや……)

 一機ならともかく今はベハルタムもいる。白狼も侮れない相手。


 センサーの反応をσシグマ・ルーンが伝えてくる。勘を頼りにレギ・ソードを左へと跳ねさせた。もう一機のアルガスが残像を斬り裂く。紙一重だった。


「この新型アルガスは実に反応がいい」

「スレイオスの仕事だ」

 あの技術者の手で強化されているらしい。

「GPFの新型に引けはとらない」

「そう願いたいが」

「やってみせろ」

 二機とも受け止める。


 メイリーとエンリコは戦列の立て直しで手一杯なようだ。この二機を抑えられるのは彼だけ。


 ブレアリウスは細く息を吐いて冷静を保つ。


   ◇      ◇      ◇


 中継の裏で学術協会が反論の声を上げている。マスメディアもデードリッテの中継を扱いながらも疑問符を投げかけてきた。


(綺麗ごとを言うな? 万物の霊長たる人類の尊厳を踏みにじるな? GPFはわたしを利用して隠匿を進めようとしてる? 技術の独占を許すな? 支配の構図を作らせるな?)

 言いたい放題である。

(それは誰の利益になる行動なのか解ってるのかな。メディア先導で物事を変えようとするのはとても危険なことだって分かってよ)


 意見に耳を傾けるのも彼女の組んだ段取り。合わせてアドリブで表現を修正するためである。


「では命とは何でしょう。生命の定義は様々です」

 論調を変える。

「あまり広義に捉えるとキリがなくなるのも事実です。だって手を洗うだけで多くの細菌類を殺しているのですから。私もそこまでは考えていません」


 生物学の分類上の話までするつもりはない。一般の人は興味を抱かないだろう。


「仮に学術に携わる人々が重視する知性を前提にしてみましょうか?」

 丁寧に提案していく。

「万物の霊長たる人類が他の生命を左右する権利を持ちえているとすれば、それは高度な知性と理性を備えているからという論理ですね?」


 高い知性が複雑な判断を可能にさせ、文明を制御することで多様な生命が共存できる世界作りができるからと主張する学者も多い。


「では、学術協会が単なる情報メモリーだと主張しているゴート遺跡『シシル』は知性を有していないといえるでしょうか?」

 首をかしげる。

「彼女はこの前見ていただいたようにわたしと話すこともできますし、豊かな感情も示します。それは実際に接してみないと分からないので証明に不足でしょう」

 そこは譲歩するしかない。

「ですけど、彼らが保有する情報や技術を無節操に放出しないのはなぜでしょう? それは危険だと知っているからです。その判断力と理性をもってして高度な知性と言えないのなら、どこが人類と違うとおっしゃるのでしょう」


 デードリッテは大いなる疑問を投げかけた。

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