探究と生命(11)
訓練やシミュレータは繰り返したが、レギ・ソードでの実戦は少ない。それでも不安はあまり感じない。それくらい身体に馴染んでもいる。
「戦列組んでる余裕は無さそ。乱戦になるよ」
「了解だ」
メイリーの予想にブレアリウスも覚悟を決める。
即座に対応できたのは接弦してなかった戦闘艦だけ。千機余りが迎撃態勢を取っているものの、ひと当てで攪乱される。誰が見てもそうと分かる戦力差。
「後ろはメルゲンスだよ。下がり気味で抜けてくる敵を掃除したほうがよくない、リーダー?」
彼らも直接出撃したので出遅れている。
「それは発進してくる後続部隊に任せなさい。援護しないと先行部隊が崩壊する」
「どちらも立たず、ってね。了解りょーかい」
『統合データ出ましたわよ。敵数約三千』
シシルがレーザー回線経由でモニタしてる。
「千では無理だ。踏むぞ」
「ほいほい、仕方ないねー」
すでにビームが両軍を繋げはじめている。
とても持ち堪えられないと感じたブレアリウスは機体を加速させた。
◇ ◇ ◇
「皆さん、こんにちは。デードリッテ・ホールデンです」
ウェアラブルカメラに向けて微笑を送る。
「すみませんが戦闘が開始されてしまったので、こんな格好でお送りします」
彼女が手で示すと、カメラマンは視線誘導で全景を映す。戦闘司令室の壁面は全てモニタで埋め尽くされており、まるで宇宙に投げだされたように見えている。その様子はカメラマンの胸あたりの投影パネルで確認できていた。
「遠く光の筋が行き交っていますね? あれは戦闘光で、一本いっぽんが強力なビームです」
ジェスチャー強めで指差す。
「あれが一本だけでもここに直撃したら、わたしの人生はお終いです。そんな場所にいるのは覚悟の上だし納得もしています」
微笑は崩さない。僅かでも怯えた素振りなど見せてはいけないのだ。
「どうして納得できるのかとお思いのことでしょう。それがアームドスキン開発に携わる義務だと自身に課しているからです」
覚悟を吐露する。
「あそこで失われる命、これから失われるであろう命、敵味方区別なくそれらと向き合わなくてはいけません。でないと、わたしの為したことは全てコンソールの中で起きたことに思えてくるでしょう」
戦闘宙域に視線を移す。そこで起こっているであろう数々のドラマに想いを馳せる。
「わたしも含めて、科学者や技術者は傲慢になりがちです。自分の研究開発の成果の有用性には注意を払いますが、過程やその先の出来事からは目を逸らしてしまったりします」
自らに戒めるよう胸に手を当てる。
「それも自分の為したことなのです。決して目を逸らしてはいけないこと」
表現が抽象的になっている。それでは多くの人には伝わらないだろう。
「例えば薬剤開発。基本は仮想生体シミュレータを利用しますが実験動物も使います。往々にしてその命は失われたりもします」
痛ましさに一度目を閉じるが、首を振ってカメラを真摯に見つめる。
「それも命。あそこで失われているのと同じ命です」
大事な部分なので慎重に言葉を選ぶ。難しくなり過ぎないように、それでいて伝えるべき人にはきちんと伝わるように。
「人の命と実験動物の命を同じにするなと言われる方がいるかもしれません。でも、命の重さの差など存在してはいけないんです」
切々と訴える。
「実験に用いられる小動物の命にも感謝を捧げなくてはなりません。食事でその命をいただくのと同じように、彼らは人類の未来のために命を捧げてくれているんです」
手を組んで口元に持っていき祈りを捧げた。自分が今まで犠牲にしてきた命に感謝を告げる。
「彼らは食べられたり実験に用いられるために生まれたからいい? 知性の高い人間とは違う? それこそが傲慢です」
眉根を寄せる。
「そんな考えを持つ人が誰を非難できましょうか? 自分の行為から目を逸らして好き勝手言っているだけにしか思えません」
強く主張し、握った手を前に差し出す。許せないと言わんばかりに。
「それだったら、あそこで戦っている方々のほうがよほど命と真摯に向き合っています」
戦闘光が瞬いている宙域を指差す。
「相手が敵だからと命を軽視しているんじゃありません。自分の命と相手の命を互いに懸けてぶつかり合っているんです。求めるべき何かのために、そして守るべき何かのために」
少し語調が強まっているのは彼女が興奮してきているからだ。
「決して戦争を肯定しているんじゃありません。それそのものは愚かな行いだと思っています」
言葉にするのが難しい。
「でも、それも人間だと思っています。人の愚かさと強欲と傲慢が凝り固まって起きる悲劇です。歴史から遠ざけるのは難しいんじゃないでしょうか?」
人が人だから起きる。それも認めなくてはならないと思っている。
「命を消費して歴史は刻まれていきます。文明も進んでいくのです」
産みの苦しみの一つではないかと思う。
「いつか人が争いを忘れられる世界を形作る日のために、歩みをやめてはいけないんです。わたしたちは全ての命と向き合うべきでしょう」
一山越えた。でも、まだ言っておかなくてはならないことがある。それこそが本題だと言える。
(ブルー、ちゃんと伝わってるかな?)
デードリッテは戦闘宙域で命を懸けている狼に思いを飛ばした。
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