探究と生命(10)
「ねぇ、アルディウス?」
ノックのあとに母ロセイルが入ってきて尋ねる。
「忌々しい出来損ないの処分はまだなの? 猿の軍は動けなくなってるじゃない」
「母上、もう少し待っていただけますか? この策は即効性がそれほどではないんですよ。それに僕たちの敵はブレアリウスだけじゃない。猿どもも追い払わなければならないでしょう?」
「あの
母親の白い尾が上下に激しく打ち振るわれている。
「ですけどね、ただあいつを始末しただけでは十分な戦果にならない。GPFがまごついている間に力を蓄え、一気呵成に攻め落とせば僕の戦略が注目されるんです。支族会議に認めさせるには相応に時間が必要です」
「そうだわね」
そこを攻めれば母は黙らせられる。ロセイルはいずれアルディウスをアーフの支族長に収まらず支族会議議長へと望んでいる。過程だと思わせればいい。
彼自身の野心も同じ目標を立てているが、もっと現実的である。段階を追って進めたいので急かされるのは面白くない。
「ただ、追い詰めるのにひと押ししておくのも悪くありませんね」
翳った母の顔がパッと明るくなる。
「ですわよね! こうも邪魔になるのならイーヴを責め立てたときにブレアリウスも始末しておけばよかった。旦那様がどうしても首を縦に振ってくださらなかったから泣く泣く諦めたのよ」
「控えてください、母上。他の者の耳もあります」
「そ、そうね。体裁が悪いわね」
興奮して声量が増していく母親を制しておく。自室にいるのはアルディウスだけではなかったのだ。
「彼にも頑張ってもらいますよ。やってくれるね、ロロンスト?」
「了解いたしました」
彼の脇に控えていた軍装の男が答える。
「やってお見せなさい。そのために息子に付いているのでしょう?」
「そう急がせないでやってください。簡単ではありませんから」
彼に付いている軍人はロロンスト・ギネー。父フェルドナンが主将として置いている男の弟子である。
策に応じて動く戦力を欲したアルディウスが、父に頼んで付けてもらった副官。年齢は五つも上の三十五だが、長く父に仕えているだけ忠誠は疑いない。ロロンストを通じて或る程度の艦隊を動かす裁量を預かっていた。
「いきなり討ち取れとは言わないよ、ロロンスト。時間をかけてネチネチと攻めてやればいいからさ。そうすると敵内部でアゼルナンへの反感が高まる。黙ってても不肖の息子は孤立していくね」
迂遠な策だが確実性は高い。
「さすがわたくしの息子! 賢い子ね」
「運が良ければくらいの望みは託しておこうか。スレイオスのところの白い狼が遊んでいるだろう。動かさせよう。協力して当たってくれ」
「承りました、アルディウス様」
口数少なく耳も尾も微動だにしないが仕事は疑いようがない。今後は実働を任せる相手。実力のほどを確かめておきたい。
新型アームドスキン『アルガス』もスレイオスが改良を施したと言っている。どの程度使えるか確かめるにもタイミングは悪くない。
「頼むよ。母上ももうしばらくは辛抱してくださいね」
順当に事を進めたいアルディウスは雑音を押さえこんだ。
◇ ◇ ◇
学術協会の強引な主張に反論すべく中継のカメラ前に立とうとしていたデードリッテ。すでに告知がなされて、彼女が何を語るのか数多くの人が待っている。
「そろそろお着換えを」
準備していたメルゲンスの広報官が促してくる。
「はい、じゃあ外し……」
「なに!?」
鳴りひびく警報。一斉に緊張感が走る。
「敵襲です! 距離
司令室と連絡を取った者が叫ぶ。
「出撃する」
「うん。気を付けてね、ブルー」
「ああ」
即座に反応した狼は駆けていった。
会場に設定されていた室内がざわめく。中止にするか否かで迷っているのだろう。
「中継はやります」
彼女は断言する。
「分かりました。ではスーツに」
「いえ、このままフィットスキンでいきます。場所もここじゃなくて戦闘司令室に移動しましょう。あそこなら外も見えます」
「戦闘司令室ですか?」
広報官は少し驚いている。
真剣な反論と見せるためにレディーススーツを用意していたがやめにする。デードリッテは一つの作戦がひらめいていた。
「皆さんも万一のときに対応できる装備で」
彼らのほうに着替えを促す。
「わたし、先に行ってサムエルさんの許可を得ておきます」
「了解いたしました」
移動して説明すると金髪の司令官は二つ返事で許可してくれた。ただし、全員に戦闘装備のヘルメット着用を義務付ける。臨場感を出すには向いているので悪くないと感じる。
「接敵します」
タデーラが報告している。
「
「揺さぶりをかけてきますね。こちらがすぐ出せたのは?」
「現在千七百二十。準備ができ次第、随時発進させます」
急襲の所為で発進が遅れている。そうでなくとも半数を超える艦を接舷させていて乗員もメルゲンス内にいた。マスメディア対策で周囲を遊弋させていた戦闘艦を少なめにしていた影響もある。
(ブルーもみんなも宇宙で頑張ってる。わたしも頑張んないと)
深呼吸して気合いを入れなおす。
いつものオレンジのフィットスキンにレモンイエローのライトブルゾンを着ているが、ヘルメットまで被れば雰囲気はグッと締まっているはず。
「いいですか?」
「いつでもどうぞ」
「じゃあ、始めましょう。わたしたちの戦いを」
デードリッテはバイザーを上げた顔をカメラマンに向けた。
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