探究と生命(9)
気勢をそがれたブレアリウスとデードリッテは微妙な面持ちで座っている。自走してきた給仕機に礼を言ってカップを受け取ったメイリーは失笑しながらその様子を眺めていた。
「通知は早晩マスメディアも掴むでしょうから、しばらくは騒がしくなりそうです」
そう言ったサムエルはカップに口を付ける。
「世論の逆風を受けるとなるとパイロットたちは士気が下がってしまうでしょうね」
「してやられましたな」
「からめ手を使ってくるとは思っていませんでしたよ、アゼルナンの性質からして」
コーネフ副司令の指摘に渋い顔で応じている。
「あ、あれ? サムエルさんは学術協会の批判がアゼルナの陰謀だと思ってるんですか?」
「このタイミングはそれ以外にないと仮定して動いています」
「あ~……」
完全に踊らされていた少女は人狼と目を合わせている。狼の耳はシュンとしおれ、早合点を恥じているようだった。
「でも、よく分からないんですけど?」
デードリッテが尋ねる。
「アゼルナンが管理局に恨みを抱いているのは分かります。攻撃対象にしたいのも。ただ、当面の障害は
「そうですよ。この陰謀も我々に向けての仕掛けです」
「管理局を狙ったら、内部機関であるGPFの活動も阻害されるとか考えて?」
彼女は自信なさげに問う。
「そんな不確かな仕掛けではありません。確実に活動妨害をする算段でしょう」
「む~、分かんない。」
「今、大胆に艦隊を動かせば、マスメディアに扇動された市民はどう感じるでしょう?」
(あー、なるほど)
メイリーは理解した。
(こういう政治的な解釈となると銀河の至宝も司令官殿より数段落ちるわね)
「?」
「急いでる。早くシシルを確保して隠してしまえってね」
示唆するところを言い当ててみせる。
「あ!」
「マスメディアの主張を裏付けするように映っちゃうのよ」
「さすが場数を踏んだ方は違いますね」
褒められたと受け取るべきか。
「素直にスレてるって言ってくださっても結構よ?」
「そこまでは言ってませんよ」
意地の悪い笑いをするサムエルに苦言を呈する。この程度では堪えもしないだろうが。
「そこまでは容易に読めたんですけど、なかなかに練れています。有効な対抗策がありません」
彼は溜息まじりに金色の前髪を引っぱっている。
「まさか背中に火を点けられるとは思っていませんでしたし、その手段があるとも思っていませんでした」
「民間コンテンツを使った暗号はつぶしたはずですからな」
「連絡手段か~。学術協会を動かす……」
首をひねっていたデードリッテがぴくんと背を伸ばす。瞠目して司令官に思い付きを告げる。
「一人いた。アシーム・ハイライド」
アゼルナにいる情報エンジニアの名が挙がる。
「彼ですか」
「あの人ならたぶん管理局のハイパーネット監視の裏をかけるもん。しかも学術協会にコネクションもあるし」
「濃厚ですね」
サムエルも頷く。
「調べさせましょうか」
『通信ログはありますわ。でも、痕跡が残っているだけで内容のほうは消去されております。サルベージも無理そうなので証拠にもなりませんし、誰と接触したかも不明でしてよ』
「貴女にも掘りおこせませんか。それでは情報部も当てにはできませんね」
シシルが調べるに、徹底して消去されているという。かなり高度なテクニックを有する情報エンジニアの仕業らしい。発信者に該当するのはアシームだけでも、接触相手となると可能性は無限大。
「相手のほうは少々心当たりがあります。周囲を調べさせてみましょう」
司令官は誰かの尻尾を掴んでいるようだ。
「それはともかく、これだけの陰謀を仕組んだ相手も気になりますね。できれば早々に把握しておきたいものです」
「こういうねちっこいの、あの人が提案したんじゃないのかな?」
「彼に利はないでしょう。アゼルナの誰かでなければ」
割り出すのは困難だろう。情報が少なすぎる。メイリーもそう考えたが、意外なところから推測が挙がる。
「アルディウス兄かもしれん」
人狼の耳が忙しなく動いているので確たる自信はないのだろう。
「非常にやり口が巧妙だった。地下室で俺に危害をくわえても、あいつだけは父に叱られた様子がない」
「アゼルナンにもいるのね、ずる賢いタイプ」
「アーフ家の方ですか。謀略家となると厄介ですね。むしろ正面からのほうがやり易いんですけど」
サムエルの言わんとするところは解る。からめ手に合わせて戦力まで動員できるとなると難しさは倍増する。
「強さではエルデニアン兄に及ばないが、怖ろしさではアルディウス兄のほうが遥かに上だ。俺では太刀打ちできん」
素直に吐露しすぎである。
「女の子の前なんだから、もうちょっとは格好つけなさいよ」
「虚勢を張っても仕方ない」
「まあ、こっち方面は僕に任せてと言いたいところですが、世論となるといかんともしがたいですね。いくら弁舌を弄そうとしても、学者先生方は相手にしてくれないでしょうし」
狼は諦めているようだし、司令官も打つ手なしの様子。
(ほとぼりが冷めるまでは受けに回るしかないのかもね。世論っていっても、こんなケースだとどうせ一過性のもの。大衆は飽きやすいんだから)
メイリーはそう考える。
「そう! 学術協会相手ならわたしの出番でしょ!」
彼女は時間が解決すると思っていたが、デードリッテが意気揚々と立ちあがった。
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