探究と生命(7)
(は? 何を言いだしたの、この人)
デードリッテには理解不能だった。
『「ゼムナの遺志」は存在しないとおっしゃられましたか?』
キャスターも確認する。
『ええ、そう言いましたわ。「ゼムナの遺志」と呼ばれているのは先史超文明のメモリーユニットです』
『ですが、カイスチンファーゲン教授。過日、
『そういうふうに調整されたインターフェイスAIに過ぎません。高度な会話ができるか否かは趣味の問題でしょう? そこに注力さえすれば現行技術でも可能な機能ですわ』
可能かどうかを問えば可能だろう。だが、人間っぽい会話ができるのと、意志を持っているのとは大きな違いがある。
その違いは実際に接してみなければ確実には伝わらないかもしれない。しかし、彼女はそのあたりもきちんと伝わるよう話したつもりだ。学術協会は理解できなかったのだろうか?
『ご存じのように、星間管理局は加盟時に文化慣習に関してはかなり甘い対応をします。宗教についても同様でしょう?』
メネは常識を語るように切りだした。
『教授は「ゼムナの遺志」が宗教的な存在だと主張なさるのですか?』
『はい、かの宙区ではゴート遺跡の発掘が開始されて以降、著しい発展を遂げたとあります。その遺跡の中に、まるで人間と同じような反応を示す物が混じっていたとしましょう。その場合、宗教的な盲信による神格化がなされても不思議ではありません』
『言われてみれば確かに』
キャスターも追従する。
『単なるメモリーにゴート系人類は盲従していました。そして「ゼムナの遺志」などと名称を付けて崇拝するにいたったのです。これを宗教と言わずして何と申しますか?』
『なるほど。教授はそうお考えなのですね』
『いえ、学術協会としての見解です。ゆえにゴート協定第十四条は無効。そもそもあまりに危険な条項だとは思いませんか? 星間銀河圏のいかなる場所も治外法権なのですよ? 犯罪を助長する悪法だとしか思えません』
(協会の見解って、どうせ上級理事の総意ってだけでしょ)
容易に想像がつく。
彼らは研究材料としてシシルを欲している。そのためにこんな理屈を編みあげたのだ。逆にいえば、そうでなくては困るのである。
ぎしりと音が鳴る。ブレアリウスが牙をきしらせ怒りに震えていた。
「どうどう、ブレ君。怒らない怒らない。一部の人間の勝手な主張なんだから気にしちゃダメだって」
エンリコが慌てている。危険信号だ。
「管理局がどう判断するかは別の話! ちょっと冷静にならない?」
『そうですよ。そんな顔をしてはいけません、ブレアリウス』
ユーリンやシシルさえ自制を促す。
(弁解のしようがない。突拍子もない主張だもん)
ゴート系人類さえ見下した論調である。
『学術協会の見解はお聞きいただきましたが、これに対して星間管理局はどうお考えですか、タフィーゲル部長?』
キャスターは公平に振って体裁を整える。
『管理局の公式見解は改めてのこととなるでしょうが、私個人の見解としては暴論であると思います。先ほど教授がおっしゃったように、宗教などの文化に関しては星間法と合致しない部分があっても認めております。宗教的だと思われるのでしたら、教授もお認めになるべきかと』
『ええ、普通でしたらわたくしたちが言及すべきではないと思いますわ。ですが、本件に関してはあまりにも影響が大きすぎます。星間銀河の全人類に不利益が及ぶ以上、文明の主導者たる我々が無視してはならないと考えます』
『根拠の曖昧な不利益を振りかざすのはいかがなものかも思いますよ?』
(マルセルさんは味方してくれてる。暴論とまで言ってくれたんだもん)
言葉の端々に彼の意図を感じる。
(でもメネ教授の言っているほうが大衆の耳には響くかも。放っとけば損するぞって意味だし)
理解しやすい。
『根拠が曖昧だと主張なさったのですからゴート遺跡の解析が進んでおりませんのでしょう? でしたら協会にお任せくださいまし』
老婦人の視線に侮蔑が混じる。
『まるで強制的な解析を示唆なさる。管理局に協定違反を求めていらっしゃるのか?』
『わたくしたちなら有効利用してさしあげますわ』
『あなた方は戦乱を……、いえ、これ以上申しますまい。星間管理局本部からの回答をお待ちください』
声を荒げそうになったマルセルは自制した。議論にならないと判断したのだろう。
『ありがとうございました、タフィーゲル部長』
キャスターが間を計って中継を断つ。
『正式回答を待たねばいけないでしょうが、管理局サイドはゴート遺跡を開放するつもりはなさそうですね、教授?』
『残念なことですわ、人類の発展を望む協会の理念が伝わらないとは。ここまで強情だと、ゴート宙区と技術供与にまつわる密約でもあるのかと邪推してしまいます』
『今後も注目しておくべき内容でしたね。ありがとうございました、カイスチンファーゲン教授』
特報タイトルはそれで終了した。管理局の対応を問題視する姿勢で終始したように思える。
「これが本音か」
狼は怒りのあまり声を震わせる。
「科学者や技術者はシシルをそういうふうに考えているんだな」
「そんなことない! ほんの一部の意見でしか……!」
「君も学術協会とやらの一員なんだろう!」
ブレアリウスは完全に激している。
「それは……、そうだけど」
「君にとってもシシルは研究材料か!」
疑われたのが悲しすぎてデードリッテの目から涙がひと粒こぼれた。
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