探究と生命(6)
「知り合い?」
デードリッテが渋い顔をしているとユーリンに気付かれた。
「困ったおばあちゃん。わたしが新しい薬を発表すると、自分のチームが開発していたものに似ているってクレーム付けてくるの。挙げ句、共同開発にするなら許してあげるって」
「そういうことってよくあるの?」
「時々は。でも、発表する前にちゃんと調べるよ。業界に効能試験過程を公表している限りは被らないものなの」
色々と確執のある相手だがしばらくは交流がなく、久しぶりに顔を見た。
『まずは問題をおさらいしておきたいと思います。午前中に行われた学術協会の公式発表の模様をご覧ください』
キャスターの前振りで割愛された発表の内容が流された。
『この発表で論点とされているのは、星間管理局がゴート遺跡の一体を確認しておきながら存在を隠蔽しようとしていた点ですね、カイスチンファーゲン教授?』
メネに問いかける。
『ええ、重大な問題ですわ。無論、研究結果や開発された技術において個々人の知的財産権は守られねばなりません。学術協会も管理局が独自に生みだした知的財産を全て自由利用できるようにしろとは言っていないのです』
老婦人はしたりげに語る。
『しかし、本件はそれに当てはまらないでしょう? ゴート遺跡という、人類に革新をもたらすかもしれない研究材料は独占してよいものではありません。星間銀河圏の人類全てが平等に享受すべき情報の塊だと考えております』
(完全に物扱い。これ以上ブルーを刺激しないでほしいのに)
危険性を感じるが、ここで再生をやめれば狼に隠したがってるようにしか見えない。
『これは開示されるべきではありませんか? そうでなければ人類に不利益が生じるでしょう』
メネはキャスターを通して全加盟国民を相手に訴えるポーズ。
『協会の方々の懸念は理解できます。分かりやすい凡例として発表でも触れていた薬剤の件ですね。教授が専門とされておりますので、より噛み砕いた説明をお願いしてもいいですか?』
『ええ、喜んで。一般に広く知られたのはゴート遺跡によるアームドスキン技術ですわね。これは非常に分かりやすいと思います。アゼルナ紛争ではすでに主役となっている兵器技術。これも遺跡の産物です』
『そうですね。機械工学分野ではかなり衝撃的な技術の塊であったとされています』
キャスターは意見の補足をしていく。
『超文明の遺産ですよ。これが製薬技術にも当てはまらないはずがありませんわ。病気に関する悩みを抱える多くの市民に対し、画期的な製薬法が隠匿される可能性があります』
「そうなのー、シシルちゃん」
エンリコは軽い口調で尋ねている。
『そんなことはございませんわ。特に薬物や治療法に関する情報は現人類用にアレンジして大部分を伝えてありますの』
「時々出所不明のとんでもない薬がいきなり出てきたりするけど、それってゼムナの遺志起源?」
「ほうほう、そんなことあったわけ」
『起きてはならない事例ですわ。我ら薬学会が広く銀河に知らしめるよう努力を重ねていましても、統括する星間管理局がそんな姿勢では恐怖を感じてしまいます』
わざとらしい口調に思えてしまう。
『徐々に支配体制を敷こうとしているのではないかと』
『そこまでいくと陰謀論的なイメージが先行してしまいますね。ですが、教授がおっしゃっているのも的外れではないと思えてきます』
『極端な表現だとは自覚しておりますわ。でも、わたくしたちが感じている怖ろしさを知っていただきたくて』
(まるで台本のある駆け引きみたい)
デードリッテは嫌悪感を覚える。
論文発表であればディベートも日常茶飯事だが、それは内容に真摯に向き合っているからのこと。一つの結論に導こうとする茶番ではない。
『管理局がこれまでゴート遺跡を隠蔽してきた事実に関しまして、広報部に質問をいたしました』
キャスターは方向性を変えてくる。
『その回答をここで改めてお尋ねしたいと思います。お繋ぎするのはザザ宙区広報部のマルセル・タフィーゲル部長です。どうかよろしくお願いします』
『承ります』
『ではタフィーゲル部長、ゴート遺跡「シシル」の存在が公表されていなかった理由に関してお願いします』
知り合いの顔が出てくると思っていなかったので少し驚く。言われてみれば該当するのが彼なのは確か。
『本件について、ゼムナの遺志「シシル」が最初に確認されたのは六ヶ月前になります。その時点では推測でしたが、この度ご本人とのコンタクトが正式に行われたので公表することになりました』
マルセルはシシルを尊重する文言で回答している。
『そんな早期からですか? なぜ公表されなかったのでしょう』
『ホールデン博士からも簡単な説明はありましたが、本件がゴート協定第十四条違反に該当する可能性が高かったからです』
彼は露見した場合のゴート宙区戦力の緊急出動を懸念した所為だと説明する。無用に刺激を避けるために情報封鎖を行ったと告げた。
『ゴート協定第十四条についてはこちら準備いたしました』
キャスターが手で示すと立体テロップが浮かぶ。
『ゼムナの遺志およびそのパートナーとなる協定者は、全ての法律、政令、条例、軍規などにより罰することはできない。
また、全ての司法、行政権はこれを拘束、法の執行することを禁ず』
『この「拘束」という部分に触れるわけですね。ゴート宙区の国々が是正の連合軍を派遣するのを防ぎたかったと。正当な主張にも思えますが』
『どこにも正当性などありませんわ。「ゼムナの遺志」など存在しません』
メネが想定外の主張を交えてきて、デードリッテは仰天した。
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