探究と生命(8)
泣かせるつもりなどなかった。怒りばかりが募って八つ当たりをしてしまったのだ。冷や水を浴びせられたような気がしてブレアリウスは呆然とする。
「ブレアリウス! 今のはダメだ!」
エンリコに本気で叱られる。
「私もどうかと思うよ?」
ユーリンも同様。
『謝りなさい、ブレアリウス』
シシルに咎められ、後悔が背筋を駆け抜ける。
衝動的に立ちあがっていたが膝から崩れる。どうしようもなく愚かな自分を殴りたくなった。が、今はそれどころではない。
「俺は何ということを……」
俯くデードリッテの前にひざまずく。
「すまん。さっきのは勢いで言ってしまっただけだ。本心じゃない」
「いいの……。ブルーが激怒しちゃっても仕方ないもん。それくらい酷いこと言ってたから」
「いくら謝っても足りないかもしれん。許してくれ」
馬鹿な己を叱咤し、必死で、それでいて極力ゆっくりと手を伸ばす。涙に濡れる少女をできるだけ優しく引きよせる。拒まれないと分かって安堵する。次にこみ上げてきたのは愛しさだった。
「許してくれ」
「大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
堪らず抱きしめる腕に力が入る。背中に回された手が彼を宥めるように上下する。彼女の優しさが心に染みた。
「えーっと、外したほうがいい?」
「いやいや、野暮は言わないでおこうよ。黙って消えるべきじゃない?」
茶化されて羞恥心が首をもたげる。
「それどころじゃない。まだ解決してない」
「そうでもないかもよ」
「ディディーったら、顔が蕩けちゃってるから」
そう言われたデードリッテがハッと気付く。
「違う! 私も怒ってるんだった!」
「格好つかないわよ!」
涙を拭う彼女を後ろから抱いて、ブレアリウスは飽きるほどに謝った。
◇ ◇ ◇
メイリーはいち早くメルゲンス内部に移動している。雰囲気を確かめるためだ。
「これはちょっとばかし厳しくないか?」
「世論は傾くかもな」
娯楽室でパイロット同士が話している。
「一時は姫君救出とか盛りあがったけどさぁ、ハルゼトにはしごを外された以上、GPFの活動動機としては弱くね?」
「かもな。密約とかって話ももしかしたら……」
「なんですってぇー?」
行儀は悪いが椅子に乗ってテーブルに片脚をつく。話していた連中をにらみつけた。
「面白い話してるじゃない? あたしも混ぜなさいよ」
「うひぃ!」
よく狼と行動を共にしている彼女はそれなりに顔が売れている。
「違うんだ。待ってくれ」
「何が違うわけ?」
「あー……、一般論?」
「うっさいわよ!」
脳天に拳骨を落としておく。男相手だろうがそれくらいできなければ荒事稼業などやっていられない。
「今みたいな話、あいつの耳にちょっとでも入ってみなさい。拳骨程度じゃ済まないわよ?」
二人はガクガクと頷いている。
「っと、噂をすればね」
「だぁっ!」
通路にブレアリウスの姿。エントラルデンから中枢部へのルート上を見回っていたのだ。この遭遇は計算のうち。
「ブルー!」
狼は彼女に気付く。
「抗議に行くとこ? 付き合うわよ」
「まずは話を聞く」
「ふうん、案外冷静?」
意外に感じた。
「もう当たる相手を間違えたりはせん」
「何となく分かっちゃったわ」
よく見ればデードリッテの目の周りが赤い。泣いた跡だ。その少女も今は怒り眉をしている。
(成長したわねぇ。以前だったら誰かがフォローしなきゃ取り返しつかないくらいこじれてたでしょうに。口下手狼も大人になったのね)
寂しくもあり嬉しくもあり、微妙な気持ちになる。
「どしたの?」
青い瞳が不意に逸らされた。
「出頭命令だ」
「わたしも」
「向こうからのお誘いね。あたしも行っていい?」
「構わん。来てくれ」
「変なこと言ってきたら、みんなで抗議してやる~!」
理系少女は変な気合いの入り方をしている。若干不安になってきた。
「で、どんな方針?」
構内トラムに乗ってから尋ねる。
「どんな譲歩も受け入れる気はない」
「外部への協力なんか一切突っぱねちゃえばいいもん」
「強硬姿勢ね」
(あの司令官殿が間違った判断するとは思えないけど、こっちの意気込みを見せておくだけでも多少は影響あるかも)
特に諫める必要性を感じない。
「外部への協力や情報提供を今後の活動条件にするなら離脱もやむを得まい」
覚悟を決めているようだ。
「単独でもシシルを取り返しにいく」
「安心して。私財で
『あまり無理を言ってはいけませんよ』
一番の当事者が宥めにかかっている。
そうしているうちにトラムは中枢部に到着した。艦隊司令室に足を運ぶ。
「呼び立ててしまってすみませんね。ここでしか処理できないことが多いので」
サムエルに詫び言から入られると勢いがくじかれる。
「確認できました。星間管理局はゴート宙区に対し、協定を堅固すると通知したそうです。当然と言えば当然ですけど」
完全に機先を制された二人は顔を見あわせながら示されたソファーへとかける。メイリーの分のお茶も頼んだところを見ると邪魔ではないらしい。
「それを言うためにこの子たちを呼び出したわけじゃないんでしょ?」
勢いを削がれて口が重くなった二人に代わって尋ねる。
「ええ、序段にすぎませんよ。前提条件として伝えておかなければならないというだけです。僕が気になっているのは、この件の裏側のほう。そちらも知っておいていただかないといけませんからね」
メイリーの予想通り、サムエルは一つ先へと走っているようだった。
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