第十二話

探究と生命(1)

 けたたましい音とともに高価な花が床に散乱する。陶器の破片も散らばり、その鋭利な断面が母の心を表しているかのようだった。


「あのが! わたくしの可愛いエルデニアンを!」

 ロセイルは吠える。


 目はつり上がり、牙をむき出しにしている。鉤爪のごとく強張った手は激しく震え、尾は痩せてピンと真横へ立っている。アゼルナンのいう、血の衝動に還るほどの怒りとはまさにこのことだろう。


(手を付けられないね)

 アルディウスは心中で呆れる。


 弟の戦死は彼にとって悪い結果ではない。想定したうちの一つである。そう考えてブレアリウスの追跡任務にエルデニアンをあて、家庭用回線侵入チェックという発見方法まで授けておいた。


「落ちつけ、ロセイル」

 彼女の蛮行を諫めたのは父フェルドナンである。

「エルデニアンは殺害されたのではない。戦死した」

「同じですわ、あなた! 殺されたのよ!」

「戦場で戦って死ぬのは意味が違う。アーフの名を背負うとき、その意味は教えたはずだ」

 聞きたくないとばかりに母は耳を寝かせ手で押さえる。

「いいえ! 殺されたのです! 臆病にも逃げだした存在してはならない者に!」

「戦死の意味を放棄するならアーフの名も虚構になる。今の地位も名誉も捨て去るか?」

「く……うぅ」


 ロセイルは口をつぐむ。そこは譲れない一線なのだと言っているようなもの。父も彼女の性質を熟知している。


「ならば、あれの死も讃えてやれ」

 納得できないままに渋々頷いている。

「はい……、でもっ! 相手の勝利まで讃えろとはおっしゃらないで!」

「無論だ。俺もこの命を懸けて弔いをする」

「ああ、よかった。お願いしますわ、あなた」


 フェルドナンは頷きながら部屋を出ていく。軍本部に向かったのだろう。


「アルディウス、あなたなら母の気持ちが解るでしょう?」

 見送ったロセイルは彼に縋りついてくる。

「母の無念、晴らしてくれますね?」

「ええ、母上の心中、察してあまりありますよ。僕も弟を殺されて悔しいんです」

「ええ、ええ!」

 素知らぬふりで話を合わせる。

「ですが残念ながらエルデニアンほどの武勇は持ちあわせていません。弟を撃破したブレアリウスと真正面からやりあうのは少々怖ろしい」

「そんな情けないことを言わないで」

「諦めているんじゃないですよ。戦い方というものがあるでしょう?」


 冷静でいられない母を誘導する。策を進めるにはまだ一手必要。


「そうね! あなたは賢い子だもの」

 期待の目を向けられる。

「策はあるんですが手元が足りないんです。軍費も手勢も僕では自由になりません」

「わたくしが旦那様に頼んでさしあげます」

「気持ちは嬉しいんですが、この策は父上が好かないタイプのものなんで相談しにくいんですよ」

 ロセイルは理解で耳を立てる。

「資金は都合しますわ。それで手勢を揃えなさいな」

「本当ですか? 助かるなぁ。それで人間種サピエンテクスどもを弱体化できれば、あとは父上への献策で何とかなるでしょう」

「お願いよ、アルディウス。あの出来損ないに憐れな死を与えてちょうだい」


(これで資金は都合がついた。今度はあっちを口説き落とさないといけないか)


 アルディウスは次なる人物への接触を図る。


   ◇      ◇      ◇


「抜け道が用意されていたとはね」

 アシーム・ハイライドは肩を竦める。

「このスーパーマルチエンジニアたる私を出し抜くとは恐れ入る」

『探しても無駄ですわよ? フレニオン発振器オシレータ受容器レセプタはわたくしのバイオチップのうちの一機能です。それだけ取り除くのは不可能ですわ』

「だろうね」


 シシルが外部に意思を飛ばせたのは確認している。星間G平和維P持軍Fの公表中継を観て、彼は爆笑したのだから。

 本当に出し抜かれたとは思っていない。ゼムナの遺志の底知れなさに歓喜したのだ。攻略対象は強大であるほど喜ばしい。


「別にいい。君の身体はここにある。君の記憶もね。それさえあれば、あの俗物どもは満足だろうし、私は君がそこに在るだけで満足だ。いつか支配する日を夢見られる」

 どうしようもなく口元が緩む。

『悪趣味ですわ』

「異なことを。永遠を生きる君たちなら支配欲が人の一部だと理解しているはずだがね」

『存じています。それがろくでもない結果しか生みださないことも』


 侮蔑されようが構わない。外部に通じた以上、シシルには沈黙という選択肢ができたのだ。アシームとの会話の中に突破口を見出す必要はない。

 それなのに会話に応じるのならば彼女はどんな状況になろうが説得を続けるつもりがあるということ。コミュニケーションが途絶えなければ可能性は残っている。


「誰だ。逢瀬の邪魔をするのは」

 電子音に振りむくと開錠の表示がドアに出ている。


 立哨兵が顔を覗かせて面会者の来訪を告げた。誰かを確認する術はない。このドームではドアのロック装置との有線接続もないのだ。繋がっていればシシルはそれも利用してしまう。


「面倒な」

 雇用主テネルメアならそのまま入ってくる。席を立って外まで出向いた。

「何の用だ?」

「やあ、僕のことを憶えているかい?」

「む?」


 スライドドアの外で待っていたのは、薄く茶色が混じる灰色の毛並みを持つアゼルナン。焦げ茶の瞳に好奇の色がある。見覚えがあるのは事実。


「たしか軍事関連の……、何だったか。フェルドナンとかいう男の家の?」

「正解。アルディウスって名前さ。憶えてくれると嬉しいね」

「必要があればな」


 今のアシームにとっての人間関係などそれ以外に意味がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る