さすらう意思(11)

「女神だ……」

「女神が現れた!」

「女神が降臨した!」


 彼女の登場による反応はほぼ一色に染まっていた。誰もが美に魅入られたように目を奪われている。


(インパクトは完璧ですね)

 サムエルは予想通りの状態に口の端を上げた。


『わたくしはシシル』

 第一声にコメントの雪崩もやむ。

『ゼムナの遺志と呼ばれておりますの。星間銀河の方々はあまり聞きなれない名称ではなくて?』


 コメントは少ないままなので誰もが聞き入っているのだろう。ただ、視聴者数だけは等比級数的に増加の一途をたどっている。


『どう説明すればいいのでしょう?』

『端的にいえば人工知能。その究極的に進化した形だとわたしは思ってますよ』

 デードリッテがシシルに答える。

『昨今注目を集めているゴート産技術は彼女たちのような存在、先史文明の遺産である人工知性によってもたらされたもの。アームドスキンもその一つ。設計図を提供してくれたのも彼女です』

『デードリッテに協力を求めましたの。建造可能だと思って』

『託されたわたしはレギ・ファングを造りました』

 二人の会話はなめらかだ。とてもアドリブとは思えない。


 提案したのはシシル。公表するのはデードリッテに任せると。人気が高く学識もある彼女が最適だとしただけで、特に打ち合わせている様子もなかった。


『そこで一つ問題が』

 彼女は人差し指を立てている。

『シシルがどうしてわたしに協力を求めたかというと、身動きできなかったから。実は彼女は今アゼルナに囚われています。救出に必要な道具として設計図を送ってくれたんですよ』

『ええ、その通り』

『ところがゴート宙区はゼムナの遺志に非干渉を訴えているんです。もし、この事が露見するともしかしたら新宙区との戦争が勃発するかもしれません。なのでシシルが虜囚になっているのは秘密にしないといけなかったんです。設計図の出元を隠すために設計者はわたしってことにしました』


 内容は深刻だがあまり重さを感じさせない口調。まるで姉妹の会話を聞いているかのようだ。


『デードリッテは本当に頑張ってくれましたの。レギ・ファングを完成させるだけでなく、その技術を使って量産機まで設計しましたのよ? 素晴らしい才能ですわ』

 少女は照れ笑いを浮かべている。

『全てはわたくしの救出のため。彼女の嘘を許してくれませんこと?』

『あはは。ありがとう、シシル。そんな経緯があって秘密にしてたけど、今現在、シシルの意志だけはこうして救いだすことができました。だから公表しようってことになったんです』


(これだけ噛み砕いてあれば伝わりやすいでしょうね)

 サムエルも流れはできたと思う。


星間G平和維P持軍Fの皆様には本当に面倒をお掛けしていますの』

 美女は申し訳なさそうに言う。

『とても頑張ってくださってますわ。ですからお願いいたします。わたくしのことを思いやってくださるのでしたら、どうかGPFの作戦を応援するだけにしてくださいませんか?』

『正義に燃えてても、ここに大勢駆けつけちゃったら収拾つかないもんね?』

『そうですの。星間管理局の方々が努力してくださっているので邪魔になってはいけませんわ』


 この二人にお願いされればそうは拒めないだろう。コメントも「頑張れ、GPF」に偏っている。


(さあ、ここからが重要ですよ?)

 サムエルも少し緊張して見つめる。


『そして、この事実を聞いて一番心を痛めているゴート宙区の皆さんにお願いです』

 デードリッテが手を組んで懇願の姿勢になる。

『今しばらく時間をください。怒ってるとは思いますけど、わたしとシシルで協力して身体も取り戻してみせます。彼女の協定者、わたしの優しい狼も一生懸命戦っています。どうか静観してもらえないでしょうか?』


 理系少女の真剣な眼差しはどこまでも透きとおっていた。


『皆さんにとってゼムナの遺志が不可侵の存在であるのは重々承知しています。でも、どうか猶予をください。わたしたちは全身全霊をもって彼女を救いだすと誓いますから』


 最後に強い言葉で訴えかける。シシルが支えるようにデードリッテを包みこんだ。


(これで何とかなってくれないと困りますね。協定者の存在も匂わせましたし)

 彼から見ても手抜かりない論説だった。

(何よりホールデン博士が前面に出てきたのは大きい。シシルが呼びかければ自制を促せはできるでしょうが、燻ぶったままになるでしょう。ですが、星間銀河圏の人間が下手したてに訴えることで、そこまで言うならと思わせられるはずです)

 そのあたりがシシルの思惑だろうと考えている。


「どうでしょう? 管理局からの公式発表より効果的だったでしょうか?」

 タデーラもひと安心という風情。

「情に訴えたほうが上手くいくと思いますよ。だからこそ僕も彼女の提案を飲んだんです」

「ですよね。コメントも好意的なものが大勢を占めていますし」


 サムエルは椅子に深く腰掛けると、タデーラに「君も休みなさい」と命じた。


   ◇      ◇      ◇


 その日のうちにガルドワインダストリと血の誓いブラッドバウの連名で『速やかなる解決を望む』というメッセージが星間管理局宛てに送られた。

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