探究と生命(2)

「耳よりな話を持ってきたんだけどさ。興味ないかい?」

 アルディウスはアシームを窺うようにして言ってくる。

「お前たちにとって良い話だろうが、私にも良い話とは限らない」

「当然だね」


 彼らアゼルナンに共通の癖がある。どうにも自分に都合の良い方向に曲解する向きがあるのだ。結果が思い通りにならないと当たり前のように立腹する。


「現状は耳にしてるかな?」

「戦況というなら、お世辞にも良いとは聞いてない」

 それくらいは気にしている。

「そのうえに星間G平和維P持軍Fが戦力を拡充したというのは?」

「なんだと?」

「大々的に宣伝してくれてるさ。自分たちの正当性を主張すると同時にさ。奴らの驕りなんだろうけど」


(正当性。ホールデン博士の演説か)

 録画だがアシームも観ていた。

(見損なったぞ、小娘。ゴート遺跡はたしかに叡智の結晶。素晴らしい存在だ。だが、それをまるで囚われの姫君のように扱うのは違う。探究の対象であって、人と同じように接してどうする?)


 彼にとっても崇拝の対象ではある。しかし、それを向けているのは彼女の構造と保有する超文明の技術にであって、シシルの人格を認めているのではない。早く言えば、議論できるほどの高度な完全筐体に敬意を払っている。


「不都合じゃないかい?」

 アゼルナンにしては珍しく弁舌の巧みな男らしい。

「戦況の悪化が不都合なのはアゼルナなのではないか?」

「でも、君の利益も失われていくよ? 時間という最大の利益がね。敗戦ともなれば間違いなくシシルから引き剥がされることになるけどね」

「それは困る」

 ツボを突いてくる。

「僕たちにとったら勝利が最優先なんだけどさ、君からすれば紛争状態の継続が好都合なはずなんだけど?」


 アシームが自由にできているのは、遺跡から引き出している結果が戦闘に資するからである。仮にテネルメアが提唱する星間管理局に対抗する勢力が確立するにいたった場合、遺跡研究は増員されて彼がないがしろにされる可能性さえ考えられる。


(ましてや、こんな秘密裏な研究をする必要がなくなるのだからな)

 彼を巡る状況は悪くなるといえよう。


「とりあえず僕はGPFの弱体化が図りたい」

 アルディウスは親指で自分の鼻を指す。次に指はアシームに向けられた。

「君は紛争の継続を望んでいる。ここまではいいかな?」

「で、私に何をさせたい?」

「コネクションに期待したい」


 話の流れから、この若い人狼が策謀を講じようとしているのは解る。彼を利用しようというのも。

 テネルメアから寝返ろと言ってくるなら門前払いしようと思っていた。彼女と切り離されては意味がない。ところが少し違うようだ。


「コネクション?」

 意図が読めない。

「技術者仲間と連絡が取れるんじゃないかと思ってね、以前の。君なら管理局の監視網をすり抜けるのも容易だろう?」

「できないこともないな。呼び寄せたいのか? 違うな」

「そうさ」


(GPFの弱体化と言った。技術者に何をさせる気だ?)

 興味が湧いてきた。


「資金は準備したからね、これを奴らの後ろで火にくべてほしいのさ」

 悪だくみを提案する狼は好戦的に耳を寝かせていた。

「無視できないような大きな火を燃やしてほしい。それで動けなくさせる」

「ほう? で?」


 アルディウスの話を聞く。実に興味深い内容だったし、彼の本意にも合致している。


(管理局のハイパーネット監視システムを抜けるのは私でも容易ではない。が、無理をする価値はありそうだ)


 アシームは策動に協力すると快諾した。


   ◇      ◇      ◇


 ヨルン・ゴスナント教授は現在の境遇に歯噛みしていた。


 ホールデン博士ゴシップ騒動のときに星間管理局より警告を受けてから、彼の意見に誰も耳を貸さない。機械工学会の権威と謳われたほどの実力者の言葉が重みを失ってしまったのだ。


(無能で低能な管理局の愚か者どもめ。結局は自分たちが技術を独占したいがために儂を陥れたな?)


 ゴート遺跡の存在が公表されたことで彼は気付いた。その事実を星間管理局は早期より把握していたのだ。

 銀河の至宝と呼ばれる小生意気な娘とゼムナの遺志が繋がりがあると知ったうえで隠蔽していたのは間違いない。超文明の技術遺産を独占状態にして、加盟各国に追随されない技術力を保有することで優位性を確保しようと画策した。


(小娘の名誉が失墜し、管理局が囲いこむ体裁が整わなくなるのを怖れて儂を遠ざけようとしおったのだ。断じて許せん)


 いくども名誉挽回の機会を得ようとした。若い技術者の有望な研究を後援して彼の慧眼を示そうとする。

 しかし、いずれも成功しなかった。資金がヨルンの元から逃げていくのだ。管理局の警告を受けたことでスポンサーは尻込みして提供を渋る。貢献著しいというのに学術協会は彼に予算を回さなくなった。


(誰も彼も儂を冷遇しおって。このままで済ませるものか)


 鬱々とした日々を過ごすヨルンの元へ一通のメッセージが届く。資金提供を約束するとともに管理局の陰謀を暴き、彼の汚名返上の機会となりそうな運動への誘いが。


(ようやく目覚めたか、真実の叡智を誇る者たちが。管理局の専横許すまじ。立て、同志たちよ!)


 権威が弱まったとて、彼の名は忘れ去られたわけではない。過去、面倒を見てやった若い技術者は言葉に耳を傾けるだろう。


 ヨルンの瞳は生気を取り戻し、復権に向けて動きはじめた。

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