さすらう意思(8)
虜囚となっているシシル救出を本旨とする。その方針を示さねばゴート宙区への釈明にならない。
ハルゼトが統制管理国になってしまい、宙に浮いた
「構わないとおっしゃるのですか?」
サムエルはどう説得すべきか悩んでいたのだ。
『そのくらいでわたくしが怒ったり突き放したりすると思ってらして?』
「人間的な考えでしょうか」
『ええ、あなたの可愛らしいところ』
可愛らしいと評されてタデーラが吹きだす。ウィーブは顔を背けて肩を震わせているし、マーガレットにいたっては爆笑していた。
『思ってらっしゃるよりずっと寛容ですわよ。だってずっと見守ってきたんですもの』
シシルはくすくすと笑っている。
「見守ってきた?」
『気付きませんのね。星間銀河圏でも時空外物質のことを「フレニオン」と呼んでいますけど、それはゴート宙区でも同じですのよ?』
「それは……! 偶然ではないと?」
新宙区の技術レベルや保有戦力には注目してきた。しかし、言語までは彼も網羅していない。それは言語学者の考えることだと割り切っていた。彼らならその不可思議な一致に疑問を抱いていたかもしれない。
『研究者は閃きをメモに残すもの。キーボード入力にせよ音声入力にせよ、メモリ上にテキストとして記録されているものならば改竄は難しくありませんわ』
怖ろしいことを言ってのける。
『忘れてしまうからメモにするのです。多少の変更くらい容易には気付かないものでしてよ』
「そうやって星間銀河の人類も導いてきたと?」
『あなた方がこの銀河に人類圏を構築して千四百年余り。始祖の惑星を旅立ち、宇宙を生活の場とするまでの歴史をプラスしても二千年には足りないのです。わたくしを含め、多くの個が銀河をさすらってきたのは七千年にも及びますのよ?』
そう言われてしまえば返す言葉も思いつかない。管理局を中心とした銀河開拓の歴史の裏にゼムナの遺志も秘かに関わってきたのだとつまびらかにされる。
「降参です。僕が考えていた以上の意味でアゼルナは手を出してはならないものに手を出した。想像以上の暴挙といえましょう」
おののきを通り越して笑いさえこみ上げてくる。
「そこまで静謐かつ穏当な干渉をしてきた方々にしては妙ですね。ゴート宙区だけには積極的に干渉し、自らの声で語っています。なぜです?」
『隠しようがありませんもの。あの地では探索するだけでわたくしたちの文明の遺物が見つかってしまいますのよ? なるべくねじ曲がらないよう、手心を加えながら育てあげるしかありませんわ』
「いかにも」
反論の余地もない。
『時代は違えど創造主の隣人として発生した人類に多少は肩入れしているのも否めませんけど』
(そして周到に計画されてゴート系人類は星間銀河圏の一員となりました。技術以上の大きな変革を迫られているのですね)
全身の毛が逆立つような感覚。
「シシル、出会いの一歩目で間違えた俺たちを許してくれるのか?」
ブレアリウスが尋ねる。彼のほうが真正面から向き合っている。
『許すも許さないもありませんの。健全な成長を望んでいるだけで、未来を閉ざす権利などないのですわ。わたくしたちはサポートするもの。相手が望まないのであれば去るだけです』
「俺にしてくれたのと同じことを星間銀河の人類にもするんだな」
『そういう存在ですのよ』
サムエルももっとシンプルに考えなくてはいけないと感じる。
『望まれるのが本分ですの。誰かに望まれたくて長き時ととてつもない距離をさすらってきましたわ』
「だったらもう終わりだ。俺こそが一番あなたを望んでいる」
『嬉しい』
朗らかな笑みが深い感情の色を表している。とても人造物になど見えない。
「生きろと言ったのだから俺の人生分はつき合ってくれ」
人狼の真正直な心根が言わせた台詞だろう。
「そのために必ず身体も取り戻す。生涯守り通すと誓おう」
『それはまるで愛の告白だわ。言う相手を間違っては駄目よ』
「間違ってはいない。俺のあなたへの思いは情愛など超えている」
互いに慈しむ視線は生命の枠を取り払っていた。
踏み出しすぎた狼はデードリッテを不機嫌にさせ、タデーラにも注意を受けている。しどろもどろになる彼をシシルは静かに見守っている。それがゼムナの遺志の基本姿勢だと実感できる光景だった。
(アームドスキンを始めとしたゴート技術は否応なく銀河に拡散していくでしょう)
それは間違いないと思う。
(同時にゼムナの遺志の干渉は強まっていくはず。彼らが不正と感じる使用を戒めるように)
おそらくはそれを責務と感じているように見える。
(これから我らは彼らと対座してゆかねばなりません。星間管理局の調整という任務はより重きものへとなっていきますね)
面白い時代に生を受けたと感謝する。どんな立場になろうと、彼は暇を持て余したりはしそうにない。
「ひとまず、ここまでといたしましょう」
会談の終了を告げる。
「管理局本部の決定を仰がねばなりませんが、一応は公表の方向に進むと思われます。なにとぞご協力をお願いしますね?」
『刺激の少ない形で、と言いたいところですけど無理ですわね。仕方ありませんので、誰もが受け入れやすい方法にいたしませんか?』
サムエルは美女の提案に耳を傾けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます