さすらう意思(7)

 最初に美女が現れたのは二頭身のアバターとしてだった。ブレアリウスのσシグマ・ルーンが映しだしたそれは薄れて消えてしまう。今度は司令官執務卓の投影装置を利用したようで、等身大の女性として顕現した。


 美しく真っ直ぐな金髪が背中を流れて腰にまで達する。芸術作品もかくやというほどの美貌が穏やかに微笑む。金色の睫毛の帳の奥から青い輝きが彼を見つめてきた。


(これが本当の美というものですか)

 サムエルでさえ呆然と見惚れるだけ。


 薄桃色のゆったりとしたローブは意外と凹凸を感じさせる。そのあたりが彼には女神というより母性の化身であるかのように感じさせた。


『初めましてというべきでしょうか?』

 優雅に目礼を送ってくる。

「貴女がシシルですか?」

『ええ、アゼルナ紛争対策艦隊司令官サムエル・エイドリン殿』

「お目にかかれて光栄です、偉大なる文明の遺志なるお方」


 最大限の敬意を払う。どれだけ配慮しても足りない相手である。


「まずは確認させてください」

 そう切り出す。

「僕が詫びてどうなるものとは思いません。貴女は星間銀河圏の不始末を非難されるおつもりがありますか?」


(彼女の胸一つで全てが終わります。こんな地方紛争など取るに足りないものになる。星間銀河の文明が衰退を余儀なくされるほどの戦争になるでしょう)

 彼をして背筋が緊張に強張るほど。


『こちらの通信機をお借りして先ほど少し他の個と話しました』

 祈りながら次ぐ言葉を待つ。

『わたくしが外界との繋がりを取り返したのを喜んでくれましたよ』

「それだけですか?」

『状況など皆が把握しております。事実が発覚する以前より』

 もしやと思っていたが事実だったらしい。

「ゴート協定第十四条違反を咎める意思はないと受け取っても?」

『こんなことは初めてですもの。性急な対応は事態を難しくするだけですわ。皆、人類がどう対処するのか見守っているのですわよ』

「それを聞けてひと安心です」


 最悪の事態は回避できて腰から落ちそうになるのをぐっと堪える。ゴートを除けば初接触のはず。気を抜いてなどいられない。


(管理局サイドは穏便な収束を企図していると納得していただかなくては)

 期せずして委ねられた重大な役目でも、確実に遂行しなくてはならない。


「我々に害意はありません」

『そう願いたいもの』

 桜色の唇が奏でるはずの声は執務卓のスピーカーから。

『先史の技術に触れて良からぬ欲を抱かないでくださいましね?』

「無論です」

『この件に関してはわたくしの子、ブレアリウスに任せますわ。彼の行動を阻害したり、彼に与えたものを奪おうなどと画策しない限りは誰も動かないと約束いたします』


(ゼムナの遺志に手を出したことは特殊ケースとして不問にするけど、協定者については手出し無用という意味ですか。そこをレッドラインとして設定していると釘を刺してきたわけですね)

 サムエルはそう理解した。

(破れば何が起きてもおかしくはないと)


「了解いたしました」

 できるだけ真摯に映るよう表情を引き締める。

「貴女のお身体に関しても速やかなる奪還を図りたいと努力いたします」

『感謝いたしますわ。その代わりといっては何ですが、レギ・ファングの設計図は解放いたしましょう。専用オペレーションOシステムSはロックを解除したものをデードリッテに渡しておきますね』


 穏和な面持ちに優美な仕草で譲歩される。サムエルはそれを善意として素直に受けとるのが怖ろしくもある。


(かなり困った状況に置かれているはずなのに感じさせません。彼女は差し迫った問題とは考えていないのでしょうか?)

 理解が及ばない。

(まるでテストケースとして観察されているかのように思えてきます。むしろ、のっぴきならないところまできているのは我々のほうですか)


 説明がつかないのだ、シシルの存在を認めないことには。そうでなければブレアリウスが乗っている新型機はどこからきたのかという話になる。ホールデン博士が潜伏生活中に組み上げたなどという質の悪いジョークにもならない弁明は通用しない。


「ブレアリウス操機長補、君に与えられたあの新型は……」

「あれはレギ・ソードって名付けました!」

 デードリッテに自信満々で答えられてしまう。

「……そのレギ・ソードですがどういった経緯で?」

「シシルに導かれて受け取りに行っただけだ」


 最後の戦闘前から製造ブロックの位置を知らされていて、艦隊との接触を諦めたからそちらに向かったのだという。


「見せちまったものはどうしようもないねぇ」

 マーガレットは渋い顔。

「少なくとも艦隊内部では何らかの公表が必要になってまいりますな。そうしないと要らぬ噂だけが独り歩きしかねません」

「どこかで開発建造していたアームドスキンの輸送と偶然遭遇したとか?」

 ウィーブやタデーラはどうにかこじつけようと頭をひねる。

「無理に過ぎます。彼女との関係性を公表しない限りはどうあっても納得できる説明など不可能ではありませんか」

『その通りですわ。レギ・ソードには星間銀河でもあり得ない装備が搭載されています。わたくしがここに意志を飛ばせる超空間フレニオン通信装置しかり、他にも色々と』

「早かれ遅かれこういった事態は僕の想定にもありました。公表の判断も中央と図って行う準備はしていたんです」


 打ち明けると皆が驚く。責任者として最悪の事態も当然としての想定。


「ただその場合、貴女の待遇が難しくもあり」

『したくなくとも政治利用せざるを得ないという意味でしょう?』

「お見通しですか」

 彼は脱帽する。

「ええ、我々は貴女を救出する正義の軍隊を演じなくてはならなくなります。そうでないと新宙区に名目が立たないのですよ」

『結構ですわ。政治利用なさい』


 意表を突く回答にサムエルは瞠目した。

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