さすらう意思(6)

 ホールデン博士の救助という本来の目的を達した星間G平和維P持軍F艦隊は勝利に執着せず速やかに撤退命令を出した。少なからずダメージを受けていたアゼルナ迎撃部隊も深追いはしてこない。


 帰投したブレアリウスはざわめく格納庫ハンガー内部を飛行すると本来の駐機位置へと向かう。そこはちゃんと空いていた。


(こればかりは誤魔化しようがないな。説明が必要だろう)

 微妙な面持ちでレギ・ソードを見つめるパイロットたちを観察する。

(俺一人では判断できん。司令官殿が決めるまで沈黙しよう)


 デードリッテに手を貸して降ろし、自らもスパンエレベータへと足をつけると前にはメイリーの姿。怒った顔をしている。


(命令に背いたからな)

 何らかの処罰があると思う。


 その口元が震えると瞳がうるむ。顔を伏せたかと思えば、頭を彼の胸に押し当てる。嗚咽が漏れ聞こえた。


「泣いているのか?」

 意表を突かれた。

「バカ……。バーカ!」

「メイリー」

「自分だけいい格好するんじゃない! あたしは何のために……、ひっく、いるのよ!」


 いつもより細く感じる肩が揺れる。後悔が押しよせてきて、思わず抱き寄せた。


「すまん」

「謝るんじゃない!」

「すまん」

 それしかできない。

「自分が正しかったって思ってるんなら謝るんじゃない!」

「悪かった」

「バカ!」


 ブレアリウスには黒髪を撫でて宥めるくらいしか思いつかない。やってきた戦友エンリコが親指を立ててニヤニヤしているところを見ると、そう間違ってはいないのだろう。


 タデーラとユーリンもやってきた。デードリッテに抱きついて涙を流している。


「よかった。無事だった」

「心配であんまり眠れなかったよぅ」

「ありがと。ごめんね」

 彼女も謝るしかないらしい。

「すごく元気だから安心して」

「うん。うん……」

「いっぱい奢ってくれなきゃ許さない」


 心のしこりはすぐに解消できそうで安心する。だが、別の面の問題はそう簡単に解消しようもない。


(そのへんを理解してくれているからシシルは姿を見せないでくれているのだろう)

 いつまでも目を逸らしてはおけないが。


「ブレアリウス操機長補」

 早速の連絡が三角耳に入ってくる。サムエルの声だ。

「司令官室まで報告に来るように。その前にメディカルチェックを受けてください」

「了解した」

「ゆっくりで構いませんよ」

 嵐の前の静けさといった声音に思えてならない。


 聞きたいことが山ほどありそうな整備士ミードにとりあえず放っておくように告げる。レギ・ソードを見上げて彼は半泣きだ。


 ブレアリウスはデードリッテを促して医務室へと足を向けた。


   ◇      ◇      ◇


「特に感染症とかの罹患は疑われないわね」

 アマンダ・グロフ医師は太鼓判を押す。

「よかった」

「健康状態もすこぶる良好。信じられないんだけど?」

「そうなんですか?」

 女医は肩を竦める。

「私だってそれなりに経験はあるのよ。潜伏任務に就いていた兵士も診たことあるわ。それなりに問題は抱えているものよ。栄養状態だったり精神面だったり」

「ですよね?」

「あなたみたいに元気そのもののはずがないの」


(普通に考えたら極限状態だもんね)

 デードリッテにも解らなくはない。


「ブルーがちゃんと準備してたし、色々面倒みてくれたお陰かな?」

 理由があるならそれくらいだ。

「でしょうね。あの人狼も健康状態は極めて良好。慣れてるからってまともじゃないわ」

「あはは~。それはそうかも」

「どういうこと?」

 少し躊躇するが秘密にするようなことではない。

「食生活が身体にマッチしている所為だと思います」

「食生活って?」

「ん~、原形を残したままの内臓を軽く焼いて、半生で貪り食うような食卓?」


 アマンダの顔が露骨に歪む。正気を疑うような眼差しで見られた。


「普通の人には刺激的ですよね」

 弁明する。

「わたしは動物学をかじってるから、そういうものだって割り切れるけど」

「生理学が本分の立場で言わせてもらうと正気の沙汰ではないわね」

「彼らは平気なんですよ。そういうふうに内臓ができてるから。どちらかといえば普段が人間種サピエンテクスに合わせてくれてるようなものです」

 ここしばらくの生活で実感した。

「じゃあ、充実した艦内のメニューでさえ足りないものがあるってこと? 配慮してあげたい気持ちはあるけど、生肉に齧りつく狼がいる隣で食事をするのは考えたくないものね」

「だから不平を言ったりしないんだと思います」

獣人種ゾアントピテクスと付き合うなら考えなければいけないのかしら?」

「付き合うって!」


 思わず反応してしまった。彼女はそんな意味で言ったわけではなさそうなのに。


「あー、なるほど」

 真っ赤になったデードリッテを目を細めて眺めている。

「妊娠のチェックもする?」

「要りません!」


 彼女は誤魔化すように声を荒げた。


   ◇      ◇      ◇


 司令官室の顔触れは勢ぞろいというのが正解だろう。サムエル・エイドリンはもちろん、コーネフ副司令に参謀のタデーラ、アームドスキン隊をまとめるマーガレット・キーウェラ戦隊長の姿もある。


(さて、どこから説明すればいい)

 どうすれば納得してもらえるかブレアリウスには見当もつかない。


「命令違反に関しては叱責を与えておきます。今後は注意してください」

 司令官は厳かに告げる。

「無論、僕も君にそんな判断をさせないよう一層の努力をするつもりです」

「あんただけに責任をひっ被せる気はないってことだよ、ブルー。心して聞いておくように」

「ああ」

 一応の体裁を整えただけのようだ。

「それで、どこまで聞いてもいいのでしょうか?」

『わたくしがお話ししましょう』


 ブレアリウスの傍に現れた美女アバターに皆が動揺を隠せないでいた。

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