さすらう意思(9)

 星間G平和維P持軍F艦隊が機動ドック『メルゲンス』に帰還し、半舷休暇に入る前に本件の事情の大部分が内部公表された。所属する一万六千人を始め、防衛艦隊二十隻とメルゲンスの要員を含めると四万人あまりが事実を知るところとなったのである。


「で、このレギ・ソード」

 整備士メカニックのミード・ケフェックは青いボディを見あげる。

「遺跡オリジナルのアームドスキンってわけ?」

「うん、そういうこと」

「そんなお気楽に答えられても」

 担当が彼になるのは規定事実。

「そんなに構えなくてもいいの。だってレギ・ファングもそうだったんだもん」

「いや、それも驚きだったんだけどさ」


 それ以上の衝撃が彼の心を揺さぶっている。直視するのが怖くて視線をあさっての方向に彷徨わせているがそうもいかない。現実は現実。


「で、そちらが遺跡ご本人?」

 パイロットシートからは二頭身美女3Dアバターが投影されている。

『よろしくお願いいたしますわ』

「こ、こちらこそっ!」

『そんなにかしこまらなくても』


(無茶言わないでくれないかなぁ。色んな超技術を保有しているのもとんでもないけど、そもそも万年単位で稼動できる人工知性ってのが常識外れなんだって)

 心中でこぼす。


 両親や老練な整備の師匠どころではない。彼の先祖を遡るのも不可能な刻を見つづけていた存在。新宙区の人間が神格化するのも頷ける。


『見ての通り、わたくしはこの形態をとっているので実作業ができませんの』

 身長十二cmの身体でふわふわと浮いている。

『ミードに頼るしかありませんわ』

「はぁ、そのようで」

『懇切丁寧にお教えしますからレギ・ソードの維持管理をお願いします』


 恐縮しきりである。逆に言う通りにしろと言われたほうが気楽かもしれない。


「お願いされたいのはやまやまなんですが」

 彼は開示された図面の一部と立体透過モデルの表示を斜め見ている。

「ぼくにはどうにも理解不能で」

『そうですの?』

「心配しなくても大丈夫。私にも解んないもん」

 銀河の至宝が自信もって言わないでほしい。

「ディディーちゃんに解らないものに手を出せと言われても」

「だよね」


 頭部とその基部、腕にも何をするのかさっぱり解らない機構が組みこまれている。他にも全身に散りばめられているが、それらは教示を受ければ何とかなりそうな気配。


「センサー? じゃないなぁ。ある種の放出機? 武器の機構に見えないけど、パワーラインはしっかりと繋がってるし。う~ん」

 デードリッテも頭部周りを指でなぞって首をひねっている。

『気にしなくてもよくてよ。ほとんど可動パーツがありませんし、そのへんは放置で問題有りませんわ。機関部と同じで、不調の表示が出ない限り触れなくても大丈夫な機構ですのよ』

「ブラックボックス扱いでいいみたい」

「いいんだ」


 彼女の先進技術者の矜持は疼かないらしい。ミードとしては食い下がってほしいところなのだが。


「最初から技術的隔絶はあるんだもん。頑張ったって無理なものは無理でしょ。変に執着するより、自分を磨いて理解できるくらい進化するほうが近道だと思わない?」

 建設的な意見ではある。

「開発技術者が割り切るんなら、実務者のぼくじゃどうにもならないけどさ」

『とりあえずはお忘れになって。よりシビアな設定になっていますの。駆動系や推進装置の調整だけでも大変だと思いますのよ』

「脅かさないでください」

 泣きたくなってきた。

『整備機械は制御できますから、ミードには精密な部分を担当していただきますわ』

「精進します」


 いばらの道が待っていた。彼には休暇など望めないらしい。休んでも構わないが、どうせ気になって眠れなくなるだけ。


「恨むぞ、ウルフ」

「俺に言うな」


 ミードが睨んでも狼はいつも通り素っ気ない返事しかくれなかった。


   ◇      ◇      ◇


「で、どうだった?」

「どうだったって何が?」


(やっぱりこっちが本命~!)

 デードリッテも察している。


 彼女の無事帰還をお祝いする会と銘打っているが目的は別にあるような気がしていた。メンバーはユーリンとタデーラ。仲良し三人娘である。互いのプライベートまで知り尽くした仲。


 そこに降ってわいたデードリッテの行方不明案件である。しかも想い人である狼と二人っきり。追及されないと思うほうがおかしい。


「だって初めての夜でしょー?」

 ユーリンはニンマリと笑う。

「何にもなかったとかありえなくない?」

「ご感想を」

「にゃっ! 何にもなかったもん! 逃げまわるのに必死だったもん!」


 弁解など毛ほどの効果もない。さあ吐けと言わんばかりに視線が集中する。彼女たちが期待するようなことにはならなかったと跳ね返そうとする。しかし、そのまま身を任せてもいいと感じた自分が後ろめたくて、つい目を逸らしてしまった。


「嘘ね」

「悲しいわ。心配で心配で何度も司令に捜索部隊の派遣を掛けあったのに。そんな友人に本当のことを話してくれないなんて」

「あう!」

 情に絡めて攻めたててくる。

「本当だもん! 気持ちを確かめあってキスしただけなんだもん!」

「あら、キスだけ?」


 二人とも拍子抜けといった面持ち。勇気のなさを批判されているかのようだ。


「なんだ。てっきり毛皮のベッドで熱い夜を過ごしたのかと思ったのに」

「毛皮のベッド~!」

 とんでもない言いようだ。

「でも……よ、ユーリン? 相手はあの人狼だもの。普通じゃないかも」

「なるほど、一理ある。で、キスのお味はどんなだったのー?」

「ひぃ~!」


 本当のことを話したというのに追及の手は緩められず万事休すのデードリッテだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る