さすらう意思(4)
どう考えても限界が近い。苦悩と恐怖で赤毛を掻きむしりたくなる衝動と戦っていた。
(時間的にそろそろレギ・ファングの炭素交換フィルターが使用限界を迎えるわ)
(あの二人が死んじゃう。手をこまねいたままで)
青いアームドスキンが大気圏離脱を敢行したと確認して五日。彼らが宇宙で生きていられる時間はもう長くない。再び大気圏に突入していれば生き永らえることは可能でも、あの機体の状態では自殺行為。
(なのに、なんで連絡がこないのよ)
電波交信を試みてくると思って彼女は気力が持つ限り自席に詰めていた。
(何もしないでいいの? 待ってるだけで状況が変わる?)
考えがまとまらず悪い想像ばかりが頭を占める。疲れているのだろう。
精神的にも肉体的にも切羽詰まったユーリンは怒りが湧いてきた。どうして誰も何もしないのか? 二人は救助を待っているに決まっているのになぜ動かないのか?
(もうこうなったら!)
叱られてもいいと思いながら計算した酸素残量データを司令官席に送った。
「ふむ」
サムエルの声が聞こえる。
「たしかに」
「彼女の主張はもっともだと考えます、司令」
「甘く見積もってもあとはヘルメット分の酸素だけですか。カウントダウン状態になりますね」
友人である参謀のタデーラが助勢してくれている。が、差し出口なのは間違いない。金髪の司令官が立ちあがった。
(叱られる)
彼女は覚悟を決める。
「ありがとう、ユーリン君」
逆に感謝された。
「あなたのお陰で思い切れそうです。全艦に発進準備を発令してください」
「はい!」
「離脱が確認された宙域まで進出します。戦闘が予想されますので警戒を厳に」
「電波レーダー最大出力。レーザースキャンも打ってください」
到着してすぐにタデーラが指示をはじめる。
「
(よかった、勇気を振り絞って)
ユーリンは涙で視界が歪みそうになるのを必死に堪える。
(あとはわたしががんばる番。集中して)
「メイリー、発進体勢で待機継続、よろしくね」
担当編隊に通知を行う。
「いつでも発進かけなさい。ブリッジが本腰いれてくれるなら、あたしたちは喜んで従う」
「そうそう、頑張っちゃうよ。でも、ユーリンちゃんは少し気を緩めたほうがいいかな。顔色良くないよ」
「黙ってて、エンリコ。ここで引いたら女が廃る!」
それだけ探索に出力を投じて騒がせていれば当然反応がある。
「リアクションが早いですね。合流阻止の指令でも出ていましたか」
表情からして
「アームドスキン隊は全機発進。捜索は艦隊に任せて防衛に専念させよ」
「と言っても、兵器使用が探索の邪魔になりますからね。排除できるものなら速やかにお願いします」
コーネフ副司令の号令でユーリンはメイリー編隊に出撃命令を伝える。二機しかいないのを虚しく感じながら。
近傍のシャフトから迎撃に出てきたのは混成部隊である。数は多いが、半分がアストロウォーカーで半分がアームドスキン。新型のアルガスにいたっては一機も確認されていない。アームドスキンは全てボルゲン。
(あ……れ? 様子がおかしい?)
そう感じたのは戦闘開始からしばらく経てから。
どちらかといえば押され気味に見える。進撃配置でなく防衛戦列を組んでいるとはいえ、どうも押しこまれているようにしか思えない。
(どうして?)
戦力的には劣っていないはず。
「メイリー、ナビ出すから南天方向に回って。押されてる」
「了解よ」
いつも通りのはずなのに違和感。
「脆い感じがする。なにか異変があるようならすぐ報告して」
「一応確認する。でも、勘弁してあげて」
「どういうこと?」
編隊長は予想がついている口振り。
「疲れてるの。長時間待機シフトが続いてたから」
「あ……! ごめん!」
「いいってば。それでもあんたよりマシな状態よ」
そうとう酷い顔色をしているようだ。
「安心しなさい。アストロウォーカーを削れたら立場は逆転するから」
「お願いね」
何もできないユーリンは戦列に念だけを送った。
◇ ◇ ◇
(言ったものの、これはちょっと厳しめな感じ)
メイリーは下唇を噛む。
友軍の攻撃は精彩を欠いている。損害が拡大していないのは防衛を主目的としていたお陰だろう。司令部は見越して命じたのかもしれない。
「前に出るわよ、エンリコ」
僚機に指示する。
「ゼクトロンを見せれば少しは怯んでくれるかも」
「いやいや、そこは実力を見せればって言ってよ、リーダー」
「あんたは元気ね」
二機編隊では彼女がトップを務めなくてはならない。狼が背負ってくれていたものまでもがメイリーの肩に重くのしかかってくる。虚勢でも軽快に振る舞ってくれる相棒には救われる。
「仕留めそこねた!」
「大丈夫大丈夫」
するりとスイッチしたエンリコ機が敵機のリフレクタの隙間を縫って直撃をくわえる。爆散する光を避けてさらに前へと。
(あたしも疲れてる? 反応がワンテンポ遅れてるじゃない)
苦汁を噛む思い。僚機を危険にさらすようではリーダー失格だ。
「右側面、不明機急速接近!」
「これ以上は無理!」
思わず悲鳴が出る。
「躱せ」
「え?」
「突っ切るから下がってくれ」
耳慣れた声が聞こえてきた。
「ブルー!」
「待たせた」
「はいはい、待ってましたよ!」
相棒の軽口は聞き流し、メイリーは歓喜とともに人狼の帰還に目を奪われた。
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