さすらう意思(3)

 レギ・ファングの強化版なのは一目で分かる。しかし、単純なパワーアップでないのも明白。


 脚部は多少鋭角さを増しているようでも、むしろ細くなっているのではないかと思える。ヒップガードも若干大きいようだ。


 腰高で胴体はコンパクトに収まっているが、肩幅は広くとられている。それは背部に二対のパルススラスターを備えている所為か。

 内側にレギ・ファング同様のメインスラスター。外側の肩近くには半分程度の長さしかないサブスラスターが設置されている。双方ともパルススラスター特有の魚体のような流線型。


 ショルダーユニットは大きく張りだして、姿勢制御用のパルスジェットが配されている。腕にはそう変化が無く、プロテクタ類のデザインが見直されている程度。


 頭部が最も変化しているだろうか。鋭角だったフォルムが堅牢になっていると感じる。

 白いカメラアイの上にはガードのようなひさし・・・。従来にも見られた構造だが、新型では額がせり出しているかのように思えるほど。そのカメラガードらしきものから二対のひれ状のアンテナが斜め後ろへとそそり立っていた。


「きれい……」

 デードリッテは機能美に溜息しか出ない。

「どうすればこんなに磨き抜かれたみたいな設計ができるの?」

『培ってきた歴史がそうさせるのですよ』


(ブルーがレギ・ファングを制するほどに進化したら、すぐに新しい力が与えられるんだ。まるで壮大に編みあげられた運命が物語として紡がれていくみたいに)

 それでも彼女にとっては現実である。


『タイプツーの制御部に超空間フレニオン通信機を組み込んでありますのよ』

「するとこの機体は貴女の目と耳にもなるわけだな? その身体は俺が動かそう」

『ええ、お願いね。事態はわたくしが当初予想したより混迷を極めているみたい』

 ゼムナの遺志でも戸惑うのかと感じてしまう。


 いざなわれてスパンエレベータに乗るとコクピットまで上がる。パイロットシートの座面には真新しいσシグマ・ルーン。


「専用のもの?」

 シシルは「ええ」と答える。

『引継ぎ操作が必要。頼めるかしら、デードリッテ?』

「うん!」

『ナビゲートはします』


 新たなσ・ルーンは額から耳の周囲を覆うほどのサイズ。簡略化した兜であるかのように大きい。

 彼女お手製のσ・ルーンから学習データの内容を一度抜きだすと新しいものに接続する。新型は軽く飲み込んだ。容量にかなり余裕がありそうだ。


「それ、もう要らないよ」

 処理の終わった装具ギアを狼が取り上げる。

「君が俺にくれた物だ。お守りになる」

「もう!」

 シシルに微笑ましげに見守られていると余計に照れくさい。


『認証完了。パイロットをブレアリウス・アーフで登録しました』

 システムナビが作業の完了を告げる。

σシグマ・ルーンにエンチャント。スリーツーワン機体同調シンクロン成功コンプリート。タイプツー、正常起動状態です。機体コードはどういたしますか?』

「あ!」

『あなたが決めて』

 デードリッテは見つめられている。

「んーと、じゃあ……。『闘神の剣レギ・ソード』!」

『機体コード『レギ・ソード』認証。呼称が変更されました』

「名付けの責任、重そう」


 レギ・ファングにフォルムは似ていても、携帯コンソールに表示される設計図を斜め読みするだけで比較にならない高度な構造を有していると解る。


(レギ・ファングのときの比じゃない。まったく意味不明の機構もある~)

 彼女にも判然としないパーツが散見されるのだ。


「これで帰れる」

 ブレアリウスは言い切る。

「ん? 艦隊がどこにいるかまだ分かんないんだよ?」

「俺がレギ・ソードでその辺の監視衛星に接近する。あとはシシルがアゼルナ軍の情報を調べればいい。短時間で済む」

「お~、そだね」

 感知されても接敵するまでに逃げるだけ。

『その前に休みなさいな。自分で思っているより疲れているものですよ』

「ああ、今の状態じゃ戦闘に不安が残る」


 ブロックごとにシェルターを兼ねているだけに人間用の休憩設備も充実していた。念願のベッドを発見したときはつい歓声をあげてしまう。


(いいけど、ベッドが並んでるのは……)

 気持ちを確かめあったあとでもある。


 が、ベッドに入った途端、デードリッテは泥のような眠りに落ちていった。


   ◇      ◇      ◇


 目覚めて身体が軽いと感じるのは精神的な影響もあるだろうか。ブレアリウスと一緒にいれば安心だと思っていても、どこかで先行きの見えない不安は抱えていたらしい。


 シャワーも浴びて身体がスッキリしたら心も引き締まった。多くを抱えて疲労困憊して眠りつづける人狼をキスで目覚めさせる余裕もできる。


『ありがとう。垣間見てはいたのだけど、あの子を心から愛してくれる人が増えてきたのは純粋に嬉しくてよ』

 彼がシャワーを使っている間に打ち明けられた。

「ブルーは今までが不遇すぎたんだもん。これからいっぱい幸せになってくれないといけないでしょ?」

『現実になると感慨深くて』


(シシルの気持ちは完全に母親よりなのね)

 ブレアリウスに接触したのは不憫に感じたからなのだから当然か。


「わたしに任せて。あ、お帰り、ブルー。新しいアンダーウェアもあったから用意してあるよ」

 狼は微妙な空気に気付かず頷いている。

「食料と、あと弾液リキッド反応液パワーリキッドもしっかりと準備してレギ・ソードで帰ろう」

「ああ」


 準備を整えた二人は新たな青いアームドスキンのコクピットに乗りこむ。シシルも小さな二頭身アバターに変わって一緒。

 開かれたハッチの前に立つと二対のパルススラスターがゆっくり立ち上がる。特徴的な連発音を奏でると一瞬にして星の海へと飛びこんだ。


「本当に爆破しちゃったんだ」

『利用されると困るものは残せませんわ』


 役目を終えたレギ・ファングに感謝を捧げる二人を乗せたレギ・ソードは常闇の星空を駆けた。

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