寒い星の二人(11)
鉱石分別後の土砂の集積場らしき場所。小山が続く場所のその谷間に青いアームドスキンは横たわって雪に埋もれている。空を飛ぶ鳥からは頭部のアンテナがぴょこりと覗いているのが見えるだろう。
「この前は音声交信をしようとしたから、家庭用セキュリティでも大容量の不正アクセスを検知しちゃったんだと思う」
デードリッテは持論を展開する。
「だから今回はテキストデータを一瞬で送るだけにしようかなって」
「通じたかどうか確認できんな」
「それなんだよね。どうしたものかな~?」
不用意な大気圏離脱は避けたい。
「ここで待つのはどう?」
「勧められんな。日中いっぱいが限界だ」
「ここは逃げ場がない。動くのも夜を待つ」
「それまでに応答なかったら別の場所でくり返しかな?」
「それしかあるまい」
一応の方針決定はなされた。彼女は現在地とランデブー要請をしたためたテキストを送信する。
(ブルーはすごくタフ。こんな地味な作業の繰り返しなのにまったく苦にしてる様子がないんだもん。わたしだったら、ううん、他の誰かとでも相手が焦ってイライラしたりしちゃったら耐えられないかも)
人狼の優しさと強さに助けられていると思う。
レギ・ファングが手首から伸ばしたフレキシブルカメラだけが外の様子を映しだす。しんしんと降る雪がもの悲しさを覚えさせるのに心は少しも寒くならない。安心感という毛布にくるまれて暖かい居心地のいい場所。ずっとそこにいたいと思いながら瞳を閉じる。
デードリッテはいつしか眠りに落ちていた。
◇ ◇ ◇
彼女が眠ったのを見てブレアリウスは頷く。
(無理もない。この年の少女にそうそう耐えられる生活じゃない。長時間となると相当精神的な負荷になっているはずだ)
眠っても彼の二の腕から手を放さないのがその証左だろう。
そのまま寝かせておくが一時間ちょっと経った頃だろうか、デードリッテは急にぱちりと瞳を開けた。
「ディディー?」
「…………」
上半身を起こしたかと思うと、狼の腕から放した手を前にかざす。彼女の携帯コンソールが勝手に起動し、一枚のパネルを投影させた。そこに数字の羅列が入力されていく。
(なんだ? 様子がおかしい。危険なのか?)
判断がつかない。
デードリッテはゆっくりと瞳を閉じると糸が切れたようにシートに身を横たえた。呼吸がまた寝息に変わる。
「ディディー! ディディー!」
不安が首をもたげ、揺すり起こそうとする。
「ん、寝ちゃってた。どうしたの? 返信あった?」
「違う。君の様子が変だったからだ」
「わたし?」
最前の様子を説明する。彼女なピンとこないようで首をかしげていた。
「全然憶えてない。なんだろう?」
「その数字がなんだか解るか?」
投影パネルを示す。
ブレアリウスは気付いていた。デードリッテはいずれも記憶がないだろうが、彼は似たような状況を経験している。
「たぶんシシルだ」
「あ!」
彼女の目が真ん丸になる。
「アゼルナ行きを志願したとき、サムエルさんに彼女からのコンタクトがあるかもしれないって示唆したんだった。本当に来たんだ」
「そうなのか。来たのはいいが、それは何だろう?」
「ん~?」
桁数としては小さい。五桁の数字が並び区切られてまた五桁。最後に三桁の数字が続いている。
「座標かなぁ」
彼女は首をひねる。
「それにしては足りないかも」
「たしかにな」
「もっと言語記号とか含めないとちゃんとした座標を示せないもん」
デードリッテが言っているのは銀河標準座標のこと。銀河の中央にあるブラックホールの中心を基点とした座標が銀河標準とされている。
恒星であれば、方面を示す言語記号に八桁の数字の三点と時系を示す数字の羅列で表記できる。惑星系内の一点を示すなら、さらに詳細時系を一つ増やさなくてはならない。
「シシルが送ってくれたものだったら何の意味もないはずないんだけど」
口をへの字にして思案している。
「桁数が少ないんだったら座標基点が違うんだよね。これだけで済むんだからきっとアゼルナの中心を基点にしてるんだと思う」
「時系が入っていないといつの座標か解らんのではないか?」
「うん、そうなんだけど……、だとしたら」
彼も気付く。
「「静止軌道!」」
彼女も同じ結論に達したらしく意見は一致した。すぐに計算をはじめる。
「合ってる! この座標の高度なら静止軌道! で、この位置に何があるかっていうと……」
少女の指が期待に早まる。
「なんにもない!」
「ないのか……」
「えと、正確にいうと特に施設とか人工物は登録されていないだけ。本当に何もないかは行ってみないと分かんない」
二人は顔を見合わせる。思いは同じだろう。ここで議論しても結論は出ないと。
「行く?」
「行くべきだと思う。が、今がそうだとは俺にも断言できん」
応答がないままに離れれば、もし艦隊から何らかのアクセスがあっても空振りさせてしまうことになる。
「だよね。今は待つべきところ」
「機を逸する可能性もある。だが不義理はしたくない」
「救助を求めておいて無視したら申し訳ないもんね」
思わぬところで身動きできなくなった。しかし選択肢が増えたのは間違いない。
「シシルはわたしに何をさせようとしているのかな?」
デードリッテはぽつりと言う。
「悪意はない」
「信じてる。でも、ブルーがいつもわたしの向こうに彼女を見ているのが何か嫌」
「う……」
否定はできない。
少女の瞳が切なげにブレアリウスを見ていた。
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