寒い星の二人(10)
いつもならナビスフィアがある位置にセンサースフィアを浮かせている。その中ではレギ・ファングを中心に多数の熱源が飛びまわっているのが観測できた。
「地上レーダーに映っていたらしい。航跡をたどられた」
人狼が状況分析する。
「やり過ごせそうにない?」
「様子を見るが、見つかるのが先かあぶり出しの攻撃を受けるのが先かだろうな」
「難しいかぁ~」
ひそむ森の樹の隙間から覗く灰色の空に灰色のアームドスキンが通りすぎる。移動しようと
「よほど運が悪くなければいきなり直撃は受けまい」
それでも森ごと焼きにかかると思われる。
「時間の問題なら先制攻撃のほうがマシ?」
「逃走するにも数を減らさないと無理だな」
「だったら仕方ないね。わたし、耐えるから」
激しい機動にも頑張れるとデードリッテはアピールした。
「いや、その場合
「あちゃ~」
ブレアリウスの懸念は別のところにあった。戦闘は避けられないと思っているようだ。
「でも、逃げるのが先決だよね?」
「致し方ない」
彼の合図でグラビノッツ出力をぎりぎりまで下げて起動。狼は空をにらみながら
「撃つ」
「いいよ!」
レギ・ファングの狙撃が敵機を捉える。右肩とその後ろのスラスターが同時に吹き飛んで錐揉みしながら墜落していった。
即座に彼女はグラビノッツ出力を戦闘域まで上げる。ブレアリウスは構っていられないとばかりに別のボルゲンに向けて加速した。
(うわぁ……)
広くなった視界には多数のアームドスキン。
(急行してきただけでもこれなんだ)
手間取れば事態はさらに悪化する。ブレアリウスが弾液を消費すると言ったのはそれが理由。形振り構っていられないのだろう。
青い瞳が目まぐるしく動き、周囲を把握しようとしている。投影コンソールでは砲身過熱ゲージがピックアップされ、その下に「リンク」の文字が明滅した。意識スイッチで
(戦闘中のパイロットって、こんなに一遍に色んなことをやってるんだ)
それでもσ・ルーンのお陰で大半を簡略化できている。
これまでも脳波感知システムは存在した。訓練しだいで使えるものだが、ゲームに応用できるくらいに進化しても意識操作タスクは限られる。システムが補完しなければ整合性は取れない。
σ・ルーンでも
(機体構造、
不可解な点は残る。
(どうしてゴート宙区は核心技術を簡単に手放したの? それ無しでアームドスキンは動かないのも確かだけど、どれか一つの権利を保持するだけで大きな優位性を確保できたはずなのに)
状況は悪い。が、危うさはない。ブレアリウスの操縦は安定していて、確実にアゼルナ機の数を減らしている。無理に撃破までもっていかず、戦闘継続不能と判断したら放置が方針。
「潮時だ。逃げる」
「ナビスフィアに出すね」
デードリッテがマップを見ながら方向を決め、人狼はそれに従って逃走した。
◇ ◇ ◇
「出撃の命令が出たのですね?」
「確認できています。ですが、ポイントが符号化されていて不明です」
「解析を」
デードリッテからのコンタクトを確認し、
「衛星監視網に侵入。感度を上げている部分を探してください」
「名案です。すぐにやってください」
タデーラの提案を即時採用。
彼らがレギ・ファングを探しているように、アゼルナ軍も追っているだろう。航跡を探るためにセンサー感度を上げている衛星を察知できればその下にブレアリウスたちがいるはずだ。
(彼らが無事でいることが確認できただけでも大きな収穫なのですが、これが自作自演の罠である可能性も考慮しておかなくてはいけません)
それが司令官の役目。やみくもに戦力を投入できない。
「戦闘光らしきもの確認!」
「らしきものとは何ですか! 正確に報告を!」
「雲の向こうなので明言できません」
「タデーラくん、無理ですよ」
注意されて思いなおした彼女がウォッチに詫びている。美点ではあるが、感情に溺れるところを直してもらわなければと思う。
「各地の基地の様子、確認できますか?」
「一部で熱源が感知できます。発進中の模様」
「どうやら本当のようです。アームドスキン隊に降下の準備指示を」
最低限だが材料は揃った。
「戦闘光、収束しました……」
「……後手でしたか」
判断を誤ったとは思わないが、どうにもやりきれない。レギ・ファングの逃走先を示す情報がないか、軍用ネットの監視の継続だけ指示して臨戦態勢を解除した。
「不発だったのかい?」
開いたパネルはマーガレットの顔を映す。
「すみません。一手遅れたようです」
「気にすんじゃないよ。うちの狼だって馬鹿じゃない。あれはゲリラ戦に関しちゃエキスパートさ」
「ですよね?」
認めざるを得ない。
「長引かせれば不利になるのは重々承知してる。厳しくなったらすぐに逃げて雲隠れするね」
「次の機会を待ちます。パイロットには負担をかけますが」
戦隊長が「黙らせとく」と言ってくれたので、サムエルは幾分気が楽になった。
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