寒い星の二人(9)

人間種サピエンテクスだと?)

 スレイオスは警戒心で耳が後ろに寝てしまう。


「おっと、そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。私もあの知性に魅力しか感じない人間の一人だよ」

「何者だ?」

「アシーム・ハイライド。テネルメアに招かれて彼女の説得・・にあたっているんだ」


(似たような経緯か。するとこいつも技術者)

 警戒は解けない。


 研究者というには纏う空気が軽すぎる気がする。年若さがそう思わせるのかもしれないが、奇妙な言動がそれを助長していた。


 何の変哲もない無地の黒いパンツに白いシャツ。灰色のライトブルゾンを引っ掛けているだけ。格好に頓着するタイプではなさそうだ。

 焦げ茶色の髪は比較的長めで、所どころに金のメッシュが入れられている。おしゃれというよりは他と同じではいられないという主張を形にしているのではなかろうか。黒い瞳には子供心を思わせるような輝きがあった。


「君が感じた通り、シシルは道具ではないよ」

 男は断定する。

「もっと高貴な存在。人を高みへと連れて行ってくれる神に近い知性だね。新宙区の連中が崇めるのももっともだと思わないかい?」

「聞いたことがある。やはりそうなのか」

「まさしくね。驚きの結晶のような女性だよ」


 褒めそやされているのに立体映像の女はいい顔をしない。むしろ憐れむような視線がスレイオスの癇に障る。


「知性か。そう表現するということは、お前は情報技術者か?」

 話の流れから類推した結果だ。

「一応はソフトハードともにいけるほうなんだけど、どっちかっていうとソフトウェアが得意分野」

「買われて招聘されたのだな」

「今は感謝してる。こんなに心躍る仕事はないね」


(利用価値はありそうだな。ここは合わせておくべきか)


「ここの野蛮人どもは彼女の真価が理解できていない。だからほとんど貴重品扱い」

 両手を掲げて球体を仰いでいる。

「さっきの言動もぎりぎりだね。でも、気にしなくていい。ここには監視カメラの類のものは一切ない完全独立系。電波はもちろん、カメラケーブルさえシシルが外界へ意思の手を伸ばす要因になるから」

「なるほど」

「謀り事にはもってこいの場所だろう? 君は同調者になってくれるのかい?」

 アシームは流し見てくる。

「なんに同調しろという?」

「決まっている。彼女の素晴らしさを証明するための実証実験さ。君がそう望むなら目標はアゼルナンの覇権でいい。むしろ何らかのテーマ設定をしたほうが実証結果を把握しやすいね」

「悪い話ではないか」


(こいつの原動力は単なる好奇心か。引き出せるものも多そうだ)


「共同実験を持ちかけているのだな? 私も自分の能力でどこまで行けるのか試してみたい。機械工学系の私とお前が組めば結果を出しやすくなると考えられる」

「いいね。非常にいい」

 男が差しだした体毛一つ無い手に自分の手を重ねて握手する。

「テネルメアには言っておこう。君を出入り自由にしてくれれば今までより良い物を形にして提供できるとね」

「ふむ、多少は形で示しておく必要があるな」

「だろう? じゃあ、まずはこれまで聞きだせた技術を見てもらおうかな」


(そうこなくてはな。さあ、出せるものを洗いざらい吐きだせ)

 スレイオスは人間種から見て微笑に映る表情を浮かべておく。


『過分な欲は人を滅ぼしてよ?』

 美女の声には呆れが含まれている。

「まったくだ。どうにも人間種サピエンテクスは群れると狼さえ制せると思いこんでしまうらしい。支配欲が奴らを滅ぼす」

『そう感じてしまうのは少数派の劣等感だと思えなくて?』

「少数でも優れた者は優れていると証明するまで。そういう意味ではあのが足掻くのもは道理なのかもしれないな。牙を剥くしか能のない劣性でも」

 彼はその憐みがシシルの視線の裏返しだと気付いていない。

「上手く隠れても、もうじき始末される運命だがな」

『ブレアリウスが来ているの?』

「知っているのか?」


 美女の憂いがはらわれる。なにか思いに沈む様子を見せた。


(失言だったか? 彼女がなぜあの番犬のことを知っている? なにか関わりがあると思うべきか)


 考えれば色々と繋がる。高性能の青いアームドスキン。まったく異なる技術体系を覚えた機体はどこからきたのか?


(あれもここからだったのか)

 動揺よりも喜びが先に立つ。

(つまりはあのレベルの技術さえ思いのままということ。私は幸運だ)


 スレイオスは何もかもに手が届くと感じて高揚していた。


   ◇      ◇      ◇


 雪の降りしきる夜闇の中を移動した。そのお陰でレギ・ファングの青いボディも白く染まっている。十分な距離に接近できているはず。


「繋がるか?」

「やってみる」


 ガルシュ市の近郊までやってきたが近寄れるような立地ではなかった。少し考えれば当然だ。周辺は露天掘りのために一度ひっくり返された大地。鉱石を分別した土砂で均された平原が続く。

 普通なら感知されないよう接近するのは困難だが、折よく天候は不順である。レーダーも吹雪に塗り潰される中、夜陰に乗じて接近し雪に埋まるに任せた。


「微弱だけど拾えてる。家庭用だけどなんとか……」

 公共ネットや軍用ネットは覚られやすい。

「お願い……。繋がった!」


 一般レベルの知識と機体の電子戦性能を駆使して家庭用ネットへの侵入に成功した。


「こちらレギ・ファング、デードリッテです。聞こえますか、エントラルデン?」

 沈黙に息が詰まる。

「聞こえる! 本当にホールデン博士ですか!?」

「わたしです! 時間がありません! 現在地は……」

 そこで回線切断の表示が出てしまう。

「ぎゃー! 家庭用のセキュリティに捕まったー!」

「通報される。逃げるぞ」

「ひゃー、ごめんなさいー」


 雪を弾き飛ばしてレギ・ファングを飛びたたせたブレアリウスにデードリッテは謝った。

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