寒い星の二人(8)

(これほど厳重か。ポージフ支族長が極めて重視しているという意味だな)

 家人に案内されつつスレイオス・スルドは地下へと向かう。


 ここは首都ディルギアのテネルメアのの邸宅。日を改めて呼びだされた彼は、護衛させているベハルタムとも引き離されて連れられてきた。


(行き先も口止めされた。もらせば命がないと言わんくらいの勢いで)

 口調は穏やかだったが目は真剣だった。

(宝箱、それほどの物なのか? 単に難解な技術資料の類ではないと? 彼女と呼んでいたな。この先、何が出てくる?)


 案内される通路は下へ下へと降りていく。しかも要所ごとに警備の人員まで立てられている。機械的な入出管理だけに留まらないのだ。


(システムナビをそう呼んだのではないのか。例の新宙区の流出資料ではないと?)

 アルディウスは何か知っている感じだったが彼でさえ口は重かった。


 家人の示す先に大きめのスライドドアが待っている。携帯端末を預けるよう促され、従うとようやく入室を許される。


「ただの研究室にしては……、うん?」


 研究室などではない。室内には誰一人いなかった。

 中央には時代を感じさせるような大型コンソールデスク。ただし、よく見れば最新とはいかないまでも高度な作業ができそうな専門的な代物だった。


 そして目を引くのはその上。直径にして5mほどの球体がロックアームで保持されている。表面的な機構は一部に限られる。何の変哲もない金属球体に見えた。


(これは、なんだ?)

 化かされたような気分になる。


『新顔ですわね』

 突如として話しかけられる。

『わたくしは一方的にあなたを知っていますけど』


 ゆっくりと濃くなっていく人影。結像されたのは金髪碧眼の人間種サピエンテクスの姿。ゆったりとした薄桃色のローブを纏った女性だった。

 その立体映像に彼は見惚れた。もしかしたら生まれて初めて人間種に美というものを感じたかもしれない。それほど圧倒的な存在感を持つ精緻な造形だった。


『今日は物静かね。そうでしょう、スレイオス・スルド?』

 たおやかな仕草で問われる。

『わたくしはシシル。貴方はわたくしが何か知っていて?』

「きいて……ない」


 つい敬語で答えそうになる。しかし、彼の中で矜持がぎりぎりブレーキをかけた。


(通信先にこの人間種がいるのではない。彼女は人間ではない。人間ではあり得ないのだ)

 スレイオスはそう直感した。


「だとすればなんだ? システムナビのアバター? それなら造形に芸術性を求めても変ではない」

 踏みとどまっても平静ではいられない。考えが外に漏れてしまう。

『当たらずとも遠からじ、というところね』

「システムだというのか。それにしては応答に幅がありすぎる。極めて高度なシステム? そんなものを管理局は……違う!?」

『そう、違いますわ』


 彼は息を飲む。最初はゴート宙区の流出技術資料だと思っていたのだ。そこに管理局が絡んでくるのは違うと感じる。


(管理局の最新技術ではない。新宙区のもののはずだ。待て……。たしかアームドスキン技術には先史文明の影響があると何かで見た)


「まさか!」

 彼女ではなく球体を注視する。正確にいえばそれこそ彼女。

「先史文明のシステムだというのか!」

『やっとお分かりいただけて?』

「そうか! そうなのか! だから!」


(アームドスキンの出元はここか! ここがすべての始まりなのか! 我らアゼルナンの未来の覇権の出発点はこの存在か!)


『ならば何をすべきかも理解いただけて?』

 シシルは翻意を促してくる。

『わたくしがここにいるのは非常に危険な状態ですのよ。事が大げさになっていけば星間管理局は本腰を入れなくてはいけなくなるのです。それはつまり貴方がたの民族、アゼルナンの存亡にまで影響するかもしれません。防ぎたいのであればわたくしをここから解……』

「あっはっは! はーっはっはっはっはぁー!」

『貴方にも通じませんか』

 美女の表情は見る間に曇る。

「手放すわけがないだろう! これはまさに宝箱ではないか! いくらなんでも私の命があるうちに銀河の覇権までは手が届かないと思っていたが、これは夢物語ではなくなった!」

『その選択は間違っていますのに』


 入出が厳密に制限されているのを改めて深く理解した。情報も制限されているのだろう。知っているのは支族長周辺の極めて少ない一部の者だけだと思われる。

 だが、知る者にとって彼女が最大の切り札であるのも間違いない。逆にいえば、この宝箱を確保したからこそ武力蜂起という一見暴挙と思える決断に至ったと解する。


「見えた! 見えたぞ、筋道が!」

 天を仰いで哄笑する。

「これは光神ファラギと闘神レギが我らに宇宙の覇権を賜ろうとしている!」

『いいえ、破滅の道ですわ』

「技術を制する者こそが未来の紡ぎ手となるのだ! そう、私のような者が!」


(既得権益や支族名にしがみ付く者ではない。ましてや金だ女だと騒ぐような愚物でもない。知識の深淵を垣間見ることが可能な私こそがシシルを正しく使うべきだ)


「解放しろと言っていたな?」

『ええ、このままではどうあれ多くの血を流すだけですのよ』

 内に騒ぐ歓喜を鎮めながら交渉に入る。

「ならば従え。私が解放してやろう。お前を権力争いの道具くらいにしか思っていない、あの俗物どもから」

『貴方が彼らとどう違うとおっしゃるの?』

「違うさ! 近隣国家だ星間管理局だと、そんな相手と競いあっている小人しょうじんではない! 私とともに来れば世界の頂点が見られるぞ!」


(過酷な環境を乗り越えて強靭な肉体と高度な知性を持つに至ったアゼルナンわれらが宇宙の頂点に立つときが!)


「おお、素晴らしい!」

「へぇ、君も彼女の素晴らしさを理解できる同志かい?」


 興奮に震えるスレイオスの後ろから声がかけられた。

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