寒い星の二人(7)

 フェルドナンの瞳には微かに剣呑な色がある。それは息子であるアルディウスだから感じられるていど。それでも危ういことに変わりはない。


「父上、我ら若輩にも解るようにご教示願えますか?」

 謙譲の意思を見せる。

「それが無用な刺激になると解れ」

「無用な刺激ですと?」

「そうだ」

 スレイオスは納得できない様子。


(く、この男の悪いところが出るか)

 鼻面を掴んで黙らせたい衝動に駆られるが不用意には動けない。

(僕がスレイオスを使って登り詰める策を講じていると覚らせてしまう)


「敵である星間G平和維P持軍Fの開発の最前線を担う女です。始末できる機会を逃してしまうのは得策とは思えませんが?」

 父の銀眼と真正面からぶつかっている。

「近視眼的に過ぎると言っている」

「アーフ支族長ともあろうお方が及び腰か」

「なんとでも思え」


(勘弁してくれ。こんなことならもう少し言い聞かせてから連れてくるべきだったか)

 アルディウスは失敗を悟った。


「我らが相手しているのはGPFだけではない。星間銀河圏そのものだ」

 父の面持ちに興奮がないのが多少は救いになっている。

「支持の高い者を弑すれば怒りを買うのは必定」

「それは利敵行為ではありませんか? 敵戦力の原動力を排除するのを厭ってどうすると」

「たとえ目の前の敵の力を削げたとしても、結果として出てくるのはGFだと解らないか? 一足飛びに段階を早めるのは愚策である」

 フェルドナンの怖れが理解できた。

「金銭でもいい。仮に確保したなら速やかに返還すべきだ。そうすれば管理局に貸しを作れ、次の手を控えさせることができる」

「そんな心配は無用ですよ。私が宝箱を開封し、より極めればアゼルナ軍は銀河で最強の軍になります。なにも怖れるものはない」

「結果を出してからにしてもらおう」


(これ以上はこいつのほうが排除される要因になるな)

 いよいよスレイオスの尻尾を引っぱらなくてはならないと思う。


「そう言うな、フェルドナン殿」

 仲裁したのはテネルメアだった。

「この男、面白いではないか。だが、物事を急速に進めるのは危険をともなうのう。貴殿の言うようにまずは結果を出してからにさせようではないか」

「それならばいい」

「納得させればいいのですね、アーフ支族長殿」

 父は頷いている。


(助かった。ポージフの長はどちらかといえばスレイオスに似ているところがある。そこを面白がってくれたみたいだ)

 彼は胸を撫で下ろす。

(父と合わないとなれば使い方も考えなくてはならないか。次々と難問を突きつけてくれるね)

 それを苦と感じないのが彼という男。


 一応は平穏な空気を取り戻した議長室でアルディウスは考えを巡らせた。


   ◇      ◇      ◇


「やっぱり難しかったね」

「森から離れすぎてる。強い電波を出さねばならん」


 ブレアリウスたちは北の寒い地域の、鉱石採取の街に来ている。薄灰色の雪原の向こうに見えた施設群は相当の規模だが人口が少ないようで街としては大きくなかった。


「この先にあるガルシュ市が集積と搬出の中継点になってるみたい。リニアトレインの駅や空港もあるから人は多いはず。そういうとこのネットワークなら潜りこんでも見つかりにくそう」

 デードリッテが提案すると狼は頷いている。

「問題はどれだけ近付けるかだな」

「少しくらいは無理する価値あると思うよ」


 痕跡を残さないよう小刻みに移動しながら潜伏し、連絡手段を模索する日々。マップと相談している時間が長い。


「森深くに移動する」

 レギ・ファングをしばらくバックさせた後に振り返らせた。

「アンダーウェアも乾いたし休憩しよう」

「えへへ、気持ち悪くないけど、なんかむず痒い感じ」


 コクピットは快適だし食生活に不安はないが衣類は足りていない。ブレアリウスも獣臭を漂わせるようになってきたし、彼女も体臭が気になってくる。なにせ、ほとんどの時間を狭い空間に二人だけ。


 耐えきれなくなって雪を溶かして作ったぬるま湯で洗濯をした。それを反対側のサブシートにかけてあったのだが乾いたらしい。

 つまりは二人ともフィットスキンの下は素っ裸である。地肌に着ることも想定されて作られたアストロジャケットで不快ではない。が、恥ずかしいに変わりない。


「外、寒いよ?」

 出ようとする人狼に声をかける。

「俺がいては着替えられんだろう?」

「そうだけど……、我慢できるていど?」


 悪戯心が湧きおこる。彼の反応を見たくなってきた。


「それにぃ~、ブルーってば人間種サピエンテクスの裸を見ても興奮しないんじゃない?」

 上目遣いで覗きこむ。

「……無理だ」

「なんでぇ~?」

「君の言っていた収斂進化とやらで、アゼルナンの女性も体型に大差はない」

 樹上生活の影響だろう。

「じゃあ興奮しちゃう?」

「平常心ではいられん」


 青い瞳は一度も彼女を見ない。なにか別の要因もあると見抜く。


「異性として見てないなら平気でしょ?」

「それは君も同じではないか?」

 肝心なところを引きだせた。

「同じじゃないもん。わたしはブルーに裸見られるの恥ずかしいもん」

「じゃあ……」

「出ようとしているのは、ちゃんと異性として見ているから?」

 疑問を重ねていく。

「それとも特別な感情があって情欲を感じてしまうから?」

「こんな状況で君を……、それは卑怯だ!」


 怯えか自制か。耳を寝かせた人狼はあたふたとハッチを開けて逃げていく。


(感情のともなう欲望だって言わせただけで満足しなきゃ、かな)


 デードリッテは上機嫌でフィットスキンを脱ぎ始めた。

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