寒い星の二人(3)
バーカウンターに二人肩を並べて座っている。こんなことは珍しい。だが、今の心理状態がそれをさせている。
本当は強めの酒をストレートでちびちびやり、気を紛らわせたいメイリーも、いつ出撃がかかるかも分からないとなれば薄目の水割りにする。饒舌なエンリコも今日は舌の回りが悪く静か。二人してロックアイスが鳴る音に耳を傾けていた。
(ほんとはブルーの役目をあたしがやんなきゃいけなかった)
後悔ばかりが湧いてくる。
(あいつの正論に負けちゃった)
淡々と戦場に向かっていただけの男が戦況を読みきるくらいに成長している。以前は状況判断を彼女に任せて前衛の役割に集中していたのに。
逞しくなったのは純粋に嬉しい。今や人間的にもメイリーを追い抜くのではないかというスピードで進化を続けていた。
(どんどん強くなっていく狼に甘えてたのかな?)
巣立ちの時が近いと思っていたかもしれない。
(肝心なときにブレーキをかけてあげられなかった。リーダー失格。せめて、あたしだけでも一緒に行くべきだった? でも指摘された通り、乗客もいたし)
思索はいつも堂々巡り。
なんとなくエンリコまで誘って飲みに来てしまったが、考えがまとまらないのは疲れている所為なのかもしれない。長時間の待機明けなのは事実である。
「誰だよ」
電子音に続いてそんな台詞が耳に流れ着く。
「オルバだ。向こうも待機明けだとよ」
「なんだって?」
「愚痴さ。長時間コクピットに縛られてしんどいってな」
話しているのは知った顔。メイリーたちと同様に
アームドスキンの実用化でただ漫然と数を揃えるのが戦場の常識ではなくなった。契約満了の形で去った者がほとんど。一部の顕著に適性を認められた者が残っているのみ。
「そいつぁこっちも同じだって言っとけ」
「そく返信したさ」
男はグラスを指で弾きながら答える。
「堪ったもんじゃねえよな」
「まあな。でも、仕方ないんじゃね? あの『銀河の至宝』を敵地に残しちまった。即応体制は欠かせないだろ?」
「でもな、考えてみろよ。俺たちはあの中央管理局様から感謝のお言葉をいただいたんだぜ? もらったボーナスとセットで休暇くらい有ってもバチは当たらない」
局員救出成功で褒賞と感謝を受けている。
「それもこれもあの狼野郎が無茶をしやがったからだ。見込まれているからって自分が誰を連れているかも考えずに良い格好しようとしたんだろう?」
「ちょっと思いあがってやがるよな? 何でもできるって思ってるじゃねえだろうな」
「何様だってんだよ」
エンリコの顔色が変わる。止める間もなくスツールを蹴りつけた。
「てめぇらこそ何様だ!」
怒気を含んだ声が響きわたる。
「ふざけんじゃねえぞ!」
「ああ? 誰がふざけてるって? 俺たちゃ、あいつのために十二時間の待機を耐えてやってんだぜ?」
「やめろよ、お前ら」
元からのGPF隊員たちが仲裁に入ろうとする。しかし激した彼らはもう止まらない。
「どこぞの狼が自慢たらたらで鼻を伸ばして自分勝手なパフォーマンスをしたからだろ? おっと最初っから鼻は伸びてたな」
ソルジャーズあがりの男は嘲笑を浮かべる。
「間抜けにもほどがあるね。誰のお陰で酒食らってられると思ってんだよ」
「なんだと?」
「ブレ君が敵を引き連れて行ってくれたお陰だろ! そうじゃなきゃ、てめぇみたいな間抜けはあそこで死んでただろうさ!」
エンリコは負けじと声を張り上げる。
「やれやれ、そこまで周りが見えなくて、よく今まで生きていられたな」
「この野郎!」
相手は喧嘩上等という雰囲気。エンリコも拳を固めて身構えている。
「やめな!」
割りこんだのは低くとも女性のものと分かる声。
「こんなとこで格闘訓練したってちっとも身に付かないよ。怪我したって名誉も何もない」
「う、戦隊長殿……」
「止めないでくれよ、こ……」
収まらない様子の戦友の首根っこを掴んで引きよせる。憤激が怯懦に変わった男の脳天に肘打ちを落とした。
「うがっ!」
エンリコは頭を抱えてしゃがみ込む。
「すみません、メグ」
「いいよ、相当効いてるみたいだからね」
「でも、手を出そうとしたのを叱っただけで気持ちのうえではこいつの味方なんですよ」
痛む頭を撫でてやると、拾われた子犬のような目で見上げてくる。
「分かってる」
「言ってることだけは認めてやってください」
理解を示すように手を挙げると、機動部隊要員を統括するマーガレット戦隊長は腰に手を当てて見回した。
「しんどいのは誰もが一緒。それも分かってる」
少し優しい声音。
「我慢してここは踏ん張りな。男も女も見せどころだよ」
期待していると思わせる。
「星間軍憲章を忘れてないね? 私らは銀河の調和と平和を守るための戦士だ。決められた任務に忠実でありな」
視線で促す。
「そしたら尊敬の的でいられる。ましてや今回は囚われの姫君を救いだすための任務だ。首尾よくいけば賞賛されるよ。さすがはGPF隊員だってね」
宥め、戒めてから持ちあげる。部下をのせようとしているのだと分かる。
「気合い入れるんだよ、あんたたち! 待ってるのは喝采だ。そんときは最高の一杯を浴びれるよ!」
「おおー!」
バーが歓声に包まれる。気持ちは一つになった。
(待ってるんだよ、ブルー)
いずことも知れぬ狼にメイリーは思いを飛ばした。
◇ ◇ ◇
吹きつける雪の帳の向こうは見通せない。ずっと見ていると不安になってくる。
寒くはない。自分は中で待っているだけだから。曲面を描くモニターの向こうは極寒の地。
灰色の夜を割って爪が伸びてくる。追いかけるように長いマズルも現れる。
デードリッテは安堵の面持ちでハッチ開閉アイコンに指を伸ばした。
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