寒い星の二人(2)

「そんなに不思議ですか?」

 サムエルは吹っ切れたような微笑を浮かべる。

「僕だけ何のペナルティも受けないってわけにはいかないでしょう」

「待ってください! 閣下には何ら落ち度はありませんぞ」

「そう思ってくれますか。そうでもないんですけどね」


(何をおっしゃってるの? 誰が司令に責任を求めるというの?)

 タデーラには全く理解できない。


「戦死者のことですか? 死者が出る度に責任を問われるなら指揮官が何人いても足りなくなります!」

 分かりきったことでも言いつのらねばならないと思った。

「ラウネルズシャフトのことですか? それこそ誰が本国のライフラインを断つような真似をするなんて思うって言うんですか?」

「そうですね、表向きは」

「表も裏もありません! 完全に想定外です!」

 彼女にとっては論外の選択肢。

「ですが、彼らをそこまで追いこんだのは誰でしょう?」

「それは……」


 反論できない。作戦に確実を期すために、立場的には味方をも欺くような方法を取った。


「結果はどうです? 実際に軌道エレベータの一本が失われ、食糧事情が悪化するのは否めません」

「責められるべきは、愚かな決断をした民族統一派です!」

 サムエルに非はないはず。

「それだけではありません。ハルゼトは統制管理国に指定されてしまいました。猶予期間に債務整理が行われなければ信用を失ったまま中央の管理下に置かれることになります」

「あの国が自分で蒔いた種です! どうなるかも分からずに動いていたのなら政権は責を問われて当然です!」

「そうかもしれません。でも、不利益をこうむるのは政権だけでなく市民も同様なんですよ」


 惑星国家ハルゼトは統制管理国指定を勧告された。随伴したハルゼト軍が民族統一派の支配下にあったというのは軍を管轄する政権にも意図があったと判断される。仲裁を求めておいて派遣艦隊を攻撃するなど論外だといわれても仕方ない。

 承認しなければ星間銀河圏からの除名を言いわたされる。巨大な貿易圏内から外れるということは国家として衰退の未来しかないということ。承認せざるを得ない。


 期間的には短くなるだろう。民族統一派を中枢から一掃し、確認されたのちに民主的な選挙によって新たな政権が生まれれば、再び通常加盟国に復帰できると思われる。

 だが、復帰するまでの少なくない時間、市民は経済活動や移動が個人の自由にならない状態になる。その不利益を生んだのが自分だとサムエルは自責の念を抱いているのだろう。


「驕りです」

 彼は自嘲する。

「一連の作戦の中で統一派の一党を洗い出して排除できると思っていました。順調とはいえませんでしたが徐々に成果を感じていたんです。でも、大きな勘違いでした」

「司令は最大限の努力をなさっていました!」

「結果が全てですよ。制御するつもりで、全然できていませんでした。結局大勢を苦しめることになる。策士策に溺れるとはこのことですね」

 懐かしむように軍帽の軍団長補の階級章に指を這わせる。

「ホールデン博士を危険な状況に追いやってしまったのはいただけない。ですが、それ以上にゼムナの遺跡のパートナーを危地に追いこんでしまったのは致命的です。案件の重要性を把握している幹部は処分を降しますよ」

「まだ……! まだ終わっていません! ブルーもディディーも帰ってきます!」

「参謀の言う通りですぞ、閣下」


 タデーラは咄嗟にコーネフ副司令に振りむく。味方してくれるとは思っていたが、賛同してくれるとまでは思っていなかった。サムエルも驚いたらしく、まばたきを繰り返す。


「本当に結果が出るまでは自重いただけますかな?」

 ウィーブは詰め寄る。

「ここからの難しい局面に閣下のご判断は不可欠です。まさか無責任に放りだすとはおっしゃらないでしょうな?」

「狡いですよ、ウィーブ」

「自分は閣下と一緒に引責を求められる気はありません。もう少し足掻いてくださらねば困ります」


 大男の副司令は執務卓に両手をつくと、片眉をあげて若干引き気味のサムエルに顔を近付ける。その口元には意地悪な笑いがこびりついていた。


(こういう時にちゃんと悪役もできてしまうのね。さすが現場上がりで百戦錬磨のコーネフ副司令だわ)

 タデーラの中で彼の株が数ランクもアップする。父親くらいの年齢相手に失礼かもしれないが。


「分かりましたよ」

 引き下がりそうにない相手に金髪の司令官も相好を崩す。

「博士を無事に取り返すまでは自分から除隊するような真似はしません。全ての手を尽くすと誓います」

「それでよろしい」

「その代わり、彼女にひと言でも恨み言を吐かれたら僕は折れてしまいますからね? それくらいは許してくださいよ?」

 軍帽をかぶる。本気になるというサイン。

「その時に考えましょう」

「手厳しいですね」


(ディディーは絶対に司令を責めたりはしない)

 彼女には確信がある。

(いいから早く帰ってきて。そして、こんがらがった状況をひっくり返す名案をひねりだして。あなたは事態の真ん中にいるんだから)

 心の中で親友に呼びかける。


「今後のことを考えると、いくら手が有っても足りません。予定の増員はもっと規模を大きくしてくれるよう上申しましょう」

「難しくありませんな。ハルゼト軍の支援が望めないという大義名分があります。上も首を縦に振るしかないでしょう」

「当面は監視網を広げて、艦隊を分けてでも即応態勢を敷き……」


 世代の違いを超えて悪だくみに花を咲かせる男二人を、タデーラは少しうらやましく思った。

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