第十話
寒い星の二人(1)
星間管理局員奪還作戦から三日が経っている。
旗艦エントラルデンの司令官室は重苦しい空気に満たされていた。アゼルナ紛争派遣艦隊司令官のサムエル・エイドリンは背もたれに体重をかけて額に手を当て、瞳を閉じて天井を仰いだまま。副司令のウィーブ・コーネフも傍らの椅子に腰かけ、腕を組んで眉根に皺を寄せている。
(気持ちは解るけど、いたたまれない)
戦術参謀タデーラ・ペクメコンは直立不動で雰囲気に飲まれている。
作戦そのものは成功。大成功と言っていい。人質に捕らわれていた局員全二百三十九名を誰一人欠けることなく救出した。
衰弱の激しかった者もいるが順調に回復中とのこと。評価されてしかるべき戦果だったといえよう。
「すみません。もう一度お願いしていいですか?」
サムエルが一つ息を吐いてから尋ねてくる。
「考え事に気を取られて頭に入ってきませんでした」
「いいえ、お気になさらず。未帰還機は十四機です、司令」
「十四機……。そのうちの一機がレギ・ファングですね?」
彼女は慙愧に堪えないまま「はい」と答える。
タデーラとて胸の内は苦しい。親しくなったのは最近とはいえ、親友と呼べる人が帰ってきていない。亜麻色の髪の娘の屈託のないあの笑顔が心にこびりついている。
「どう報告いたしますか?」
「取り繕いようもないんですよ」
ウィーブの苦々しい声音にサムエルは諦めをにじませる。
「ですが、ブレアリウス操機士が命令違反をしているのは事実です」
「罪に問えますか? 彼の判断は間違っていません。あのまま全機で離脱すれば十四機どころでは済まなかったでしょう。その倍、いえ三倍以上を失っていたかもしれません」
戦闘映像解析で十三機のシュトロンの撃墜は確認されている。うち、九機は離脱中のもの。追撃に対し、速度の稼げない後進飛行を行っていて敵機に囲まれている。
「閣下を責めているのではありませんですぞ」
壮年の副司令は言いつのる。
「ご判断は間違っておりませんでした。現実に救助は成功しておりますし、機甲隊員にも戦死者は出ておりません。貴方の咄嗟の決断がなければ今頃はどうなっていたことか想像するだに怖ろしい」
「ありがとうございます。でも、そのために失ってはいけないものを失ってしまいました」
「失っただなんて、そんな!」
思わずタデーラは声を荒げる。
皆がこの二日、呆然自失だったわけではない。ずっと戦闘映像の分析をしてレギ・ファングの離脱先を確認しようとしていたのだ。
監視衛星の記録にも侵入して広範な調査を進めていた。しかし、青いアームドスキンの姿はどこにもない。それはそうだろう。衛星の監視網にかかればアゼルナ軍機の追跡を受ける。隠れていたとしても目立つ位置を選ぶほど迂闊ではない。
(ましてや人狼さんは
彼女は親友とその想い人の無事を疑ってもいない。
「すみません。失言でした。取り消させてください」
「いえ」
サムエルもようやく配慮ができるくらい落ち着きを取り戻しつつある。
「しかし、どうしたものでしょう?」
「様々な可能性を考慮しておくしかありませんでしょうな」
「ありがとう。助かります」
ウィーブもタデーラも彼の判断を尊重する。信頼度は高い。それだけにサムエルの判断材料を都度提供するのが役目である。
「捜索は続行すべきですな」
「何らかのアクセスをしてくる可能性もあります。負担になりますが、当直の
救助を求めてくる確率は低くないと思っている。
「そうしましょう。増員もします」
「アゼルナ軍の通信も監視させませんといけませんな。彼らが先に情報を掴んだとしても即座に救助を出せるように」
「そちらはメルゲンスの情報部局に任せます。パイロットの待機要員も増やすべきですね」
今は艦隊を静止軌道から離れた位置で周回させている。攻撃を察知しやすく、アームドスキンの突入も可能な微妙な距離感を保っていた。
「すでに確保されていた場合が難しい」
嫌な役回りをウィーブがしてくれる。
「ええ、ホールデン博士を殺害しようなどとはしないはずです。捕虜や金銭での返還交渉が可能でしょう。それも困難を極めるでしょうが」
「人質としてのグレードが桁違いですからな。利用価値も高い。ただ、ブレアリウス操機士は……、厳しいですな」
「その場合、彼は諦めねばならないでしょう」
早々に処分される可能性が高い。
(無情ね)
タデーラは思う。
(でも、そう判断するのは仕方ないわ。ただでさえ迫害の対象。さらに故国への裏切り行為だと断じられるのが普通)
「あちらから何らかのアクションがあるかもしれません」
悲痛な胸の内を表してか司令官の声は抑えめ。
「接触回線は開けておき、すぐに僕に繋げるよう手配しておいてください」
「はい」
「ホールデン博士だけではありません。レギ・ファング、あの機体でさえ交渉材料になると考えておくように」
解析しても成功しない可能性が高い。ならばと支族会議が交渉材料にするかもしれないし、管理局サイドは応じざるをえないだろう。
「さて、あと準備しておくべきは僕の除隊願いくらいのものでしょうか?」
「え?」
「閣下!」
想定していなかった台詞にタデーラは呆然とした。
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