寒い星の二人(4)

「おかえりなさい、ブルー」

 手が回らないほど大きな胸に抱きつく。

「どうした?」

「外見てたらちょっと不安になっちゃった」

「心配するな。必ず帰る」


 森の中に隠れて三日。寒い惑星ほしに二人だけ取り残されている。


 大軍の追跡を受けるもレギ・ファングは持ち前の機動性を発揮してくれる。振り切るのはそう難しくなかった。

 ただし、そこは敵地。上昇しようとすれば衛星監視網に捕まる。速力が落ちれば再び敵を集めてしまうだろう。包囲されれば数の暴力に抗する術はない。


 作戦前にダウンロードしてあった地形マップに従い低緯度の山岳地帯を目指す。そこならば雪と森が彼らを迎えいれ、かくまってくれると信じていたからだ。

 にらんだ通り、巨大な樹林は青い巨体を包みこんでくれる。逃げこんだ二人はしばしの安息を得ていた。


「信じてる。でも、ちょっと不安定かな」

 デードリッテは自己分析する。

「仕方ない。君はこんな環境を知らない」

「ごめんね」

「謝らなくてもいい」

 厚い胸に頬を寄せると心が安らいだ。

「血抜きもしてきた」

「案外大きかったね」


 ブレアリウスは仕留めた獲物を拾いに行っていただけ。生身で狩りをするとなると困難を極めようが二人にはアームドスキンがある。夜の間に出てきた獣を熱センサーで感知し、遠くから対物レーザーで撃ちぬけばいい。


「気持ち悪くはないか?」

 死骸を手にする人狼は慮ってくる。

「新鮮すぎて実感ないかも。どちらかといえば命に感謝を捧げないと」

「それがいい。明日はちゃんと肉を食わせる」

「嬉しい。贅沢いうと糧食レーションも飽きてきちゃった」


 手が濡れているのに気付く。狼は吹きすさぶ雪の中で作業をしていたのだ。慌ててタオルで彼の身体を拭く。


「食料は確保した。眠ろう」

「そだね」

「システムナビ、出力を落として暖房とセンサーだけにしてくれ。接近警報は最大で」


 システム音声が『承りました』と伝えてくる。ブレアリウスはパイロットシートをリクライニングさせる。


 不安を拭いきれないデードリッテはわがままを言ってその胸に縋って瞳を閉じた。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝は一転して木漏れ日の差す日和。雪の少ない場所を見つけて外に出た。


「いい匂い」

 ぐるるとお腹が鳴いてデードリッテは赤面する。

「いい音だ」

「もう! ひどい!」

「腹が減るのは悪くない」


 狼曰く、緊張が過ぎて空腹を覚えなくなるのは危険信号なのだという。その時は良くても、早晩精神を病む。

 二日間はコクピットを出られなかった。追跡の目をくらませられたのか警戒を緩められなかったからだ。センサー感度をあげて小刻みに移動しながら周囲を監視していた。


「もういいぞ」

「うう、堪んないかも」

 ヒートコンロの上で焼けた肉から視線を逸らせない。

「おいひい」

「まだある。思う存分食え」


 温かい料理が身に染みる。口の中に広がる肉汁に唾液が止まらない。はしたなくは思いながらも、フォークに刺した肉に大きな口で齧りついた。


「ブルーもいっぱい食べて。体重は二倍くらいあるんだもん」

 警戒を含めた負担も強いている。

「食う。が、俺にはこれもある」

「ん? なにそれ?」

「君には食えん部位だ」


 開けられた鍋の中身を覗くと細長いものがのたくっている。思わず「ひぇ!」と声が漏れてしまった。


「……内臓?」

 そう見える。

「そうだ。人間種サピエンテクスが食うのには処理に手間がかかる」

「よく知らないけどそうなの?」

「ああ。だが、俺たちは茹でるか焼くかして寄生虫だけ殺せば食える」


 忘れがちだが彼を含めたアゼルナンはほぼ肉食。好んで内臓も食す。さすがに生は避けるようだが好物であるのは間違いなさそうだ。


「美味しいの?」

「うまい」

 人狼は切り分けて口に運んでいる。

「君が食えば腹を壊すぞ」

「どんな味?」

「特有の風味がある。少し苦い。人間種は臭いとも感じるようだが、俺はそれも旨味に感じる。味覚が違うんだ」


 人間種が食べるには中身を処理しなくてはならないそうだ。ほとんどは消化器だから、つまり消化中のものを。

 しかし肉食獣はそれらも栄養源にする。むしろビタミンや食物繊維といった栄養素はそこから摂取している。


「君にはサプリメントを渡す。ビタミンとかはそれで摂ってくれ」

「サバイバルキットの中に、お守りみたいにいっぱい入れてあったやつ?」

「ゲリラ戦をしていた頃の癖が抜けん。……スープくらいならいいか」

 物欲しげにしているのを見破られた。

「ほんとだ、割と苦~い。ん、旨味があるね……。あっ、臭い! 口臭い!」

「ふっ」

「笑ったー! も~」


 久しぶりの温かい食事は和やかな空気を孕む。


「無理するからだ」

「だって熱い飲み物も美味しそうだったんだもん」

 彼女は共有したかっただけ。

「木の葉も取ってきてある。あとで茶も淹れてやる」

「ほんと?」

「皮も削ってきた。甘いぞ」

 その報せに目を丸くする。


 年中雪深い山林の樹木だ。葉も幹も凍らないように糖分を溜めこむらしい。カフェインは入っていないが甘みを味わうために葉をお茶にするという。より甘みの強い皮のお茶は子供の好きな飲み物の一つなのだそうだ。


「見た目は良くないね?」

 鍋の中身をそう表現する。

「普通は濾す。道具がないから上澄みを飲めばいい」

「どんなんだろ?」

 マグカップの中身は少しとろみがある。

「あ~、思ったより甘い。風味も強くて美味しい!」

「体を温めるのにいい」

「うん、ぽかぽかになるね」


 二人で笑いあってカップを傾けた。


「で、これからどうしよう?」

「そうだな」


 デードリッテはお腹が膨れると先のことが気になってきた。

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