異種間慕情(9)

 メッシュフロアに足をつけたミードは青い瞳の人狼の前に身体を割りこませてトラブルにならないようにする。ところが彼は意外と落ち着いていた。仔狼のアバターも耳と尻尾を立てている。


「余計なお世話だったかな、ウルフ?」

「問題ない。ありがとう」


 最近とみに自信をつけてきたブレアリウスは、少々のことではぐらつかなくなっている。アゼルナンと身近に接しても暴発したりはしないらしい。


「見事なものですな」

 ヘルメットを脱いで焦げ茶の毛並みをかき上げた男が言う。

「こうも短期間に機動兵器群が様変わりしている。これは博士のお力でしょう?」

「簡単なことではないんです。常に努力は惜しんでいません、スレイオス・スルド技術士官殿」

「憶えてくださっていましたか」

 口の端が上がって友好的な表情だが、相変わらずブレアリウスを一顧だにしない。

「非常に光栄です。ああ、これはベハルタム・ゲルヘン。我がハルゼト軍の誇る優秀なパイロットです」

「よろしく」

 デードリッテが視線を移して挨拶するが、パイロットは会釈するだけ。


 その男はバイザーを開いただけの状態。ハルゼトのヘルメットは顔の前面だけがバイザーになっているので全体は分からない。が、顔面は銀毛に覆われており、瞳は血のように赤い。おそらくアルビノなのだろう。一部しか見えないのはいささか不気味に思えた。


 これがGPF仕様のヘルメットのように頭頂部までがバイザーになっていれば頭全体が見える。今、ブレアリウスがしているように、僅かに前にスライドしたあとは跳ね上げられるようになっていれば後頭部以外は覆われていない形。バイザーが透過性軽量金属で作られていれば強度に問題はないのだ。


「いかがですか、ハルゼトのシュトロンの威容は?」

 自分が乗ってきた機体を示す。

「これくらい改良を施し、ベハルタムほどの能力の高いパイロットが乗れば向かうところ敵なしです」

「……重たいですね」

「はい?」

 ぽつりと答えたデードリッテに技術者は聞きなおす。

「強化装甲を取りつけただけです。ベースになるシュトロンは強化されていません。駆動トルクに不足が生じて動きが遅くなってるでしょう」

「多少は。しかしですね……?」

「駆動後の関節負荷も大きくなります。これだとフレームに応力が蓄積しつづけ、滑動面の摩耗も馬鹿にできません。消耗の激しいアームドスキンです」


 重ねられる言葉にスレイオスの耳が徐々に横に寝ていく。それはミードにも怒りの反応だと感られて危険に思った。だが、思いなおしたように再びピンと立つ。


「さすがは博士! ひと目で欠点を見抜いてしまいますか」

 腕を広げて破顔する。

「しかし心配は無用。重量によって打撃力は上乗せされ、比類なきパワーを発揮します。長時間の運用を考えるまでもなく勝利を手にできます」

「それはパイロットを危険にさらす設計思想ですよ」

「危険? とんでもない!」

 スレイオスは首を振る。

「アゼルナンは頑強なんですよ? そのうえ運動能力、反射神経、動体視力、どれをとっても優れている。特性に見合った強化というのは必須です」

「でも、それはアームドスキンの特性を理解しているとは言えません。白兵戦というのは繊細な感覚を必要とするものです。以前のわたしなら納得していたかもしれませんけど、今のわたしには歪な考えだと感じられます」


 耳が前に寝る。それは呆れを示しているらしい。


「どうやら博士はそこの半端ものに毒されていらっしゃる」

 初めて彼の金眼がブレアリウスへと向いた。

それ・・は野生の本能に支配されたただの獣ですよ。見た目が表しているではありませんか」

「ちが……!」

「そんなのがアゼルナンだと思われるのは心外です。博士は我らの特質を誤解していらっしゃる。真のアゼルナンは勇敢で大胆な戦士。こざかしい小手先の手管で相手を翻弄するなど恥というもの。ご理解いただきたい」


(あーあ、本音がこぼれちゃってるよ。遠回しに人間種サピエンテクスを劣等種だと蔑んでいるようなもんじゃん)

 ミードは鼻白んでしまう。


「やはり博士はハルゼト軍にいらして本物のアゼルナン操る最強のアームドスキンに触れていただくべきだ。それでこそ真実に……」

 スレイオスが伸ばした手を逞しい腕がさえぎる。

「触るな」

「なんだと? 貴様こそその汚らわしい手で博士に触れるな!」

「俺を何と思おうが勝手だ。だが、お前は大きな勘違いをしている」


 青き狼はデードリッテを背後にかばって身を乗り出した。仔狼も誇らしげに堂々と立っている。


「勇敢で大胆なだけではアームドスキン戦闘の役に立たない」

 ブレアリウスの言葉は揺るぎない。

「ここ数戦の戦闘では戦力的に同等であるのにGPFが有利に進めているのはなぜだと思う?」

「博士が開発した機体の優秀さだろう?」

「違うな。アゼルナンが器用さで大きく劣っているからだ。人間種はその器用さでアームドスキンの使い方を驚くべき速度で吸収している。いずれ明暗は逆転するだろう」


(あれれ、そんなふうに感じてたのか)


「そんな訳がない!」

「いや、俺が言ったことが現実になる日は遠くない」

 狼は断ずる。

「不愉快だ! 行くぞ、ベハルタム」

「ああ」

「博士。早めにそれと縁を切らないと後悔する羽目になりますよ」

 捨て台詞を残していく。


 二人の後姿にデードリッテは舌を出している。頼もしげに彼の腕を抱いたまま。


(勇敢で大胆か。反射神経や動体視力は折り紙付き。そのうえに人間種の器用さも学び取ったアゼルナンがアームドスキンを操ればどうなると思う?)


 自分の考えに満足しミードは人狼の肩を叩くと、らしくない長広舌をからかった。

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