異種間慕情(8)

「アゼルナンの常識から外れているのは理解できます、博士」

 ウィーブ・コーネフ副司令は怪訝な面持ち。

「ですが、こうしたエンターテインメントコンテンツといったものは、一般からすると桁違いの予算で運営されているのですよ。彩りに予算を使っていたとしても妙だとは言い切れないのでは?」


(それはわたしも知ってるもん。出演したとき、どうしてそんなとこにお金かけるのって思ったりもしたし)

 彼の疑問はもっともであるとデードリッテも思う。


「でも、単に彩りとするならフラワースタンドだったり、観葉樹木のようなもののほうが雰囲気が出るでしょ? ドラマはともかくニュースショーとかだとスペースを取らないそっちのほうが向いてません?」

 不自然さを指摘する。

「なるほど。画角を考えるとスペースも重要ですな」

「それに並びも変なものがあるんです。隣り合わせる色の配置がセンス悪いと思ったりして。プロが配置しているならあり得ないと思います」

「確かに」


 注目してみると首をかしげてしまうような配置が見られる。インテリアであるなら専門家が付いているであろうというのに、だ。


「ドラマにも執拗に映そうというアングルが目立ちますね」

 彼女が示した映像を見て、サムエルも指摘する。

「ガラスポットなどを利用してお洒落に見せかけていますが、そこまで並べるのは不自然に見えてしまいます」

「そうなんです」

「種類も多種多様で色の配置も妙なところが見受けられます。まるで並べることに意味があるかのように」


(気付いてもらえた)

 デードリッテの感じた違和感の最たるものがそれだ。


「これは暗号かもしれません。花の種類や色の組み合わせが暗号化されている可能性があります」

 彼は最初から勘付いていたようだ。

「わたしもそう思います」

「ですが、種類や彩色には限度があって文章化するには難しく思えます。解析にかけても、なかなか満足な結果が得られないかもしれません」


 サムエル曰く、暗号解析技術やソフトウェアは彼女が想像しえないほど進化しているという。ただ、ベースになるデータが少なければ意味を成す結果に至るまでデータ収集に時間を取られてしまう可能性が高いらしい。


「やってみる価値はあるので情報解析班に回しましょう」

 金髪の司令官は断言した。

「参考になる符号のようなものが見つけられれば解析は早まるかもしれません」

「花……。種類……。色……。あ、花言葉!」

「花言葉? なるほど!」

 サムエルも手を打つ。

「ブルー、アゼルナに花言葉みたいなの、ある?」

「ある。が、詳しくは知らん」

「あるって解ればいいの。調べるだけだから」


 アゼルナン文化の中から花に関する部分を検索し、そこから花言葉へと絞り込んでいく。相対表によれば、ケースによっていくつかの意味が振られているようだった。


「これは使えそうです」

 サムエルも保証する。

「我々人間種サピエンテクスが気付きにくい手法を用いた伝達手段だと思っていいでしょう。おそらくこれでアゼルナとハルゼトの民族統一派はやり取りをしています」

「ですよね?」

「お手柄です、ホールデン博士。これは今後の作戦立案の決め手になるかもしれませんね」

 差しだされた手を握る。


(よっし! これであの失敗は取り戻せたはず)

 ようやく胸のつかえが下りた気分になる。


「素晴らしい閃きだと思います。ですが、次にいらっしゃるときは、もう少しお召し物に気を遣っていただけたら助かりますね」

「え? ひゃあ!」


 部屋着のままだった。それもかなり軽装。

 トップスはタンクトップのみでボトムはショートパンツである。人狼の訪問を意識して肌色面積が多すぎた。


「慎みも大事ですな、博士」

「あうぅ……」

 ウィーブにまで指摘される。


 小さく丸まったデードリッテはブレアリウスに抱えられて自室に戻る羽目になるのだった。


   ◇      ◇      ◇


(話には聞いていたけど、案外馬鹿にできないかもね)

 着艦したハルゼトタイプのシュトロンを見て整備士メカニックのミードは思う。


 増加装甲は無駄に多いと言うほどではない。要所は押さえているように感じられる。駆動時に干渉しない配慮もされていた。

 武装も強化されている。ビームランチャーは大口径のものに換装され、ごつい印象は与えるが砲身は短めに設定されていて保持や取り回しに困ることはなさそうだ。


(パイロットには優しくないかな)

 増量している分、反重力端子グラビノッツは強めに効かせなくてはならないだろう。


 宇宙戦闘でも影響しようが、特に地上戦闘ともなると操縦者への負担は見過ごせないものになると思える。ほとんどのパイロットが頑強なアゼルナンであると考えれば、負荷を度外視したのも納得できなくはない。


「これはまた」

 降機してきた人狼は周囲を見回す。

「壮観だな」

「あれがゼクトロンか」

「そうなのだろう」


 もう一人はパイロットだろうか。先に降りてきたアゼルナンには彼も見覚えがある。ハルゼトの技術開発主任だと名乗っていたはず。


「いたぞ」

「うむ」

 低重力の中を、レギ・ファングの傍にいるデードリッテに向けて降りていく。

「やあやあ、ホールデン博士。ご機嫌はいかがですかな?」

「あ、本当にきたんだ」

「ええ、お知らせした通りに」


 そんな会話が聞こえてくる。調整を終えたゼクトロン45番機のスパンエレベータから覗きこんで眉根を寄せる。


 ミードは手摺りを乗り越えると、微妙な空気が立ちこめるメッシュフロアへと降下していった。

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