異種間慕情(7)
「でも、綺麗に並んでるけど?」
デードリッテの頭の上には疑問符。
ヒロインがあれやこれやと想像しながらミラー投影パネルを前に毛並みを整えるシーン。奥の出窓しかり、横のフロアしかり、所狭しと花瓶や花の鉢が並んでいる。
「花は希少性が高い。高級品だ」
ブレアリウスは言い切る。
「あ、寒いんだもんね。花も咲きづらいんだ」
「寒冷地にも咲く花はある。だが、種類は少なく地味なものが多い」
「専用の温室プラントとかで咲かせてたりしないの?」
技術的には難しくないように思える。
「それだけに高価だ」
「そうかぁ。このドラマの設定だと一般的な家庭の娘になってるけど、本当だったらこんなに花に囲まれた生活はすごく贅沢ってこと?」
「ああ」
彼自身は屋敷の中で多くの花が置かれていたと記憶しているらしい。が、それは支族長の家だからであって、中流家庭であれば一つふたつ飾るのがゆとりある暮らしの代名詞になるという。
「そもそも維持するだけでも室温を上げなくてはならなくなる」
毛皮を捨てていない彼らは寒さに強い。
「住人は大丈夫でも花は耐えられないんだ」
「脚色、なんだろうか?」
「紛争状態でも経済は逼迫なんかしてないよってポーズ?」
国外向けのプロパガンダでよく用いられる手法である。困窮などしておらず、高い継戦能力を有していると思わせたいときに使われる。
「国内向けのドラマではないのか?」
「うん、一応」
異種間ものはハルゼトで制作されたものが大多数を占めるが、中にはアゼルナで制作されたものも少数存在する。今はそのへんを漁っていたので、この番組はアゼルナンを対象に作られているはず。
「それだと違和感を感じると思うが」
人狼は疑問を感じて耳を寝かせている。
「違和感……。わざと夢物語風にしてあるのかも」
「分からんこともない」
ストーリーも工夫してある。
主人公は
青年は娘を通じて深く知るほどにアゼルナの真実に触れていく。民族性の素晴らしさや住民のおおらかさに感動し、自分たち人間種の間違いに気付いていくというもの。
その裏には、管理局との対立が相手からの一方的な分断政策であるとの主張や、勝利の暁にも強引な侵略は控えて融和の精神を基本とする姿勢をアピール。そういった思想を見え隠れさせている。作品そのものも対外的プロパガンダの意味合いを含んでいるといえよう。
「娯楽作品の中に、支族会議の意図を介入させた作品も混じっているのだろう」
彼はその一つだと納得したらしい。仔狼のアバターも落ち着いて、後ろ脚で首筋を掻く。
(あぅ~、方向性が違うよ~。そんな意味で見せたんじゃなくて、アゼルナでさえ異種間恋愛を否定してないって言いたかったの~)
デードリッテは思い通りにいかず落ちこむ。
「あれ? 違和感?」
何か引っ掛かった。
「わたし、他の普通の恋愛ドラマも観たのに」
アゼルナンの恋愛心理を勉強したくて通常の恋愛ドラマも何本か観た。対外的な意味もある作品と違いがあるならデードリッテも違和感を感じなくてはおかしい。
「ちょっと待って」
コンソールパネルをタップする。
「こっちも確か……」
「花が多いな」
「これもアゼルナ制作のものだよ。完全に国内向けのはず」
エリアネットでハルゼトでも観られるだけ。
「これもだ」
「花が映ってるシーンが多い。これなら違和感は感じんか」
「でも、ブルーからしたら違和感すごいんでしょ? 絶対に変」
ハルゼトのものも確認する。こちらも随所に花が飾られている。
「あの
人狼はまだ気付かない。
「こっちにも」
「ニュースショーだな。殺伐とした内容も多いから花はつきものではないのか?」
「じゃあ、これは?」
次はアゼルナの報道番組。アナウンサーの後ろには三段組の棚が設けられ、ずらりと鉢が並べられている。
「むう」
ここまで来るとブレアリウスも彼女が違和感を覚えなかった理由が分かる。
「こんなに花だらけ。わたし、こういうのが常識だと思ってたの」
「違うな。少なくとも昔はこうではなかったと思う」
「やっぱり」
通信パネルを立ち上げて連絡を取る。幸い、相手はまだ執務中であった。
「行こ、ブルー」
「俺もか?」
彼らがいたのはデードリッテの私室。つまり研究室の続き部屋。元をただせば会議室の一つの休憩室である。
旗艦エントラルデンの中枢に近い場所に設けられているので、目的地もそう遠くなかった。
「お邪魔します!」
ロックが解除されると同時に入室する。
「ごめんなさい、夜中に」
「構いませんよ。急用だそうで」
「自分もいてよろしいですかな、博士」
そこは司令官室。深夜に近い時間帯だというのにサムエルだけでなくコーネフ副司令までも執務中だった。
「ええ、問題ありません。聞いてください」
「お聞きしましょう」
さっき確かめたことを説明する。執務卓のコンソールから自室にアクセスして、調べたコンテンツの肝心な部分を二人に確認させた。
「これは……!」
デードリッテの指摘にサムエルも瞠目を禁じえない様子だった。
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