異種間慕情(6)

 レギ・ファングがメルゲンスの壁面を舐めるように飛んでいく。壁面とは反対側、右後ろに付けていたエンリコは円弧を描く軌道から外れラージループしたところでゼクトロンをひねって戻す。


「リーダー、接近編隊なしなしだよん」

 フォーメーション上、彼が確認位置になる。

「あいよ。ブルー、そのまんま行きなさい」

「了解」

「30秒で離脱。帰投するわ」


 飛行訓練をしたあとに割当宙域で模擬戦闘をやった。ブレアリウスとの模擬戦で大汗をかいて、仕上げに編隊飛行訓練をしているところ。ワンセットすんだので、やっと帰投できる。


「動かないねぇ、あちらさんは」

「新型の投入で空気を変えようとしたところで、人質を装ってた統一派がゼクトロンの存在を持ち帰ってる。動きにくいでしょ」

「なるなる」


 GPFで大規模な作戦の予定もない。敵も沈黙している。彼とメイリーはゆっくりと慣熟訓練の時間がもらえたので僥倖といえよう。


「んでんで、司令官殿も様子見かな?」

「長考に入ってても変じゃないね。メルゲンスをここまで進めて対峙姿勢に持っていったのはいいけど、取り戻すはずだった管理局員が人質のまま。次の手、重たいわ」

「厳しいねぇ」


 立場上、情報は十分に入ってくるのでメイリーの分析も大きく外れていないだろう。


「ふむふむ、お互いなにか打開案が必須ってとこか。って、ありゃなんだ?」

 見慣れたようで慣れない機体が遠く並走している。

「鈍色のシュトロンね。ハルゼトカラーじゃないの」

「でもさ、なんかごてごて付いてない、リーダー?」

「増設装甲でしょ。無理にオリジナルで運用しなくてもいいし」

 フォルムが変わってしまっていて一瞬分からなかった。

「ディディーちゃんが泣きそう。あれはバランス狂っちゃってない?」

反重力端子グラビノッツあるから運用可能って思ったんじゃない」


 強度は増しているだろうが重そうだ。エンリコは乗りたくないと思う。ましてやゼクトロンの機動性能を知っているからなおさら。


「余所様のやることなんか気にしても仕方ないわ。それより帰ってから飲むフルーツビアの味のほうが大事」

「いやいや、そっちも気になるけどさ」

「ディディーには俺が言っておく」


 やんわりと告げることができるかのほうが気になりはじめたエンリコだった。


   ◇      ◇      ◇


 優男の危惧はすでに現実のものとなっていた。

 艦橋ブリッジの作戦参謀席でゼクトロンの訓練結果に目を通していたデードリッテは通信パネルの向こうを胡乱に眺めている。そこには以前会ったことのあるアゼルナンの姿。


「このように改良を施させていただきましたよ、ホールデン博士」

 別パネルで飛行する動画の中のシュトロンは増設装甲で包まれていた。

「格闘戦をする機体です。このくらいの強度がなければパイロットも不安になるでしょう。別に博士の設計を否定するつもりはありませんよ。オリジナルはセンターパーツとしては極めて優秀です」

「そうですか……」


(部品扱いなんだ。シュトロンは完成品として組み上げたつもりだけど?)

 馬鹿にされた気分である。


 相手はスレイオス・スルド。ハルゼト軍の開発主任と紹介されたと記憶している。見学に来た彼と挨拶した程度の間柄だが、妙に距離感が近い。


「同じ技術者として研鑽を積む身。またお会いして開発談議に花を咲かせたいものです。その時はよろしく」

「ええ、忙しくさせていただいていますが機会があれば」

 社交辞令に終始する。


 スレイオスは「約束ですよ?」とウインクしてくる。デードリッテは頬が引きつるのを抑えるのが精一杯。通信パネルを閉じてから溜息をついた。


(追い打ち? もしかして表情を読まれた?)

 即座に通信アイコンが点滅したのを見て冷や汗が出る。


 恐るおそる指を伸ばすと、コールしてきた相手のアイコンが仔狼のキャラに変わった。彼女がブレアリウスに設定しているアイコンである。


「戻った」

 人狼はもう新しいアンダーウェアを着ている。

「一休みした?」

「ああ、夕食を一緒にするか?」

「うん、行く」

 声が弾む。

「じゃあ、フードコートで……」

「ううん、今日は私の部屋に来て。たまには静かなとこで話そ?」

「二人でか。まあいいが」


(思いっきり甘えたい気分。ゆっくりしよっと)

 こういう時は料理ができるとアピールしやすいのだろうが、あいにくと苦手分野である。

(料理はオートシェフに任せていっぱい話すんだもん)

 自分に言い訳する。


 そこで気付いた。もしかしたらもしかする可能性もある。


(いっぺん帰ってシャワー浴びて可愛い下着にしといたほうがいいかも!)

 かなり迷う。

(ブルーじゃあまり期待できないけど、万が一ってこともあるもんね)


 彼女の期待に反して予想は当たってしまう。狼は話を聞いて相槌を打つだけで何かしてくる雰囲気にはならない。用があったみたいだが、それはハルゼトのシュトロンに関することで、既知の事実だと告げると話は立ち消えになった。


(このままじゃ会っただけで終わっちゃう。なんとか空気を作らないと)


 最近ハマっているという話に持っていって異種間ものの恋愛ドラマを紹介する。知らないと言うので、オンデマンドのコンテンツを再生して一緒に隣で観ることにした。


(ちょっと大胆すぎるかも。逆に恥ずかしくなってきちゃった)

 ドラマの中ではロマンスが展開されている。


「アゼルナンって意外と花が好きなんだね」

 つい指差して話をそらす。

「そうでもないぞ」

「え?」


 一言に否定してくる狼にデードリッテは戸惑いを覚えた。

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