異種間慕情(10)

「あの男の言葉、本当だと思うかい?」

 マーガレットが問いかけてくる。

「さあ、どうなんでしょうね?」

「私は胡散臭いと思うけどね」


 メッセンジャーはハルゼト軍技術士官スレイオス・スルド。相応の階級で、星間G平和維P持軍Fのアームドスキン配備状況の調査を兼ねて連絡役に志願したと言っていた。

 司令官から託されたという情報を伝えた彼は先ほど艦を離れたという報告を受ける。微妙に不機嫌だったわけは不明だが。


「理由もそうなんだけど、言ってることもねぇ」

 言わんとしていることはサムエルも理解できる。

「ディルギア支局の管理局員を人口の多い首都で拘禁しておくともしものことがあるので、正規の収容所のあるラウネルズに送られているというのは話の筋としては通っておりますぞ」

「戦局をにらんで再びディルギアに移送するという話もですね」

「捕縛したスパイから聞きだしたって言うんだろ?」

 ウィーブと同意見で整合性のある情報だと思うが彼女は眉唾ものだと感じているらしい。

「あれだけ黙秘に徹したアゼルナンやつらがさ、同族だからとはいえペラペラとしゃべるとは思えないんだけどね」

「分かりませんよ? 同族だからこそしゃべらせるツボを心得ているのかもしれませんし」

「尻尾でも引っぱれば吐いたのかねぇ」


 マーガレットは懐疑的だ。サムエルだとて頭から信じているわけではない。


「で、ラウネルズシャフトを攻略したら泡を食ってずさんな移送をするだろうから、そこを狙う計画はどうかって言ってるんだろう? どうするんだい?」

「作戦は立てますよ。軌道エレベータの一本くらい確保したって食料供給に困ったりはしないでしょう。こちらとしても地上に要員を送りこむラインの確保は必要です」

偽情報ガセだったとしても構わないって腹かい」


 ラウネルズシャフトというのは都市ラウネルズの南2kmのところに建てられた軌道エレベータのこと。万が一の崩壊に備えて都市の中に軌道エレベータを設置したりはしない。

 地理的にもラウネルズはディルギアに近からず遠からず。拠点として利用するにも好都合と彼は思っている。


「もちろん確認しますよ」

 サムエルも無策ではない。

「幸運にもホールデン博士がもたらしてくれたばかりの手段があります。検索システムによる防諜にもかからなかったアゼルナと民族統一派の連絡方法が割りだされたのです。今頃情報部局は躍起になって過去映像を解析していることでしょう」

「ちゃんと裏取りはするってんだね。だったら安心してうちの連中を送りだそうじゃないか」

「お任せを。僕なりにきちんと仕事はしますから」

 脇に置いている軍帽をもてあそぶ。

「疑っちゃいないけどね」

「理解していますよ、戦列をなす機動部隊に要らぬ負担をかけたくないという貴女の考えは」


 乗艦勤務と違い、勝敗が生死と直結するパイロットたちをマーガレットが守らねば誰が守るというのだろう。それに配慮できるのが司令官としての彼の度量というところ。


「頼むよ。まあ、共同作戦になる以上、背中にも注意させなきゃなんないけどさ」

 民族統一派による一部の離反は考慮しないわけにはいかない。

「なので少し直掩を多めに配置していただけますか? いざという時はこちらで動かします」

「分かったよ。四百ばかり、あんたに預けよう、ウィーブ」

「預かる。無事に返すと約束しよう」


 サムエルはラウネルズシャフト攻略作戦立案に着手した。


   ◇      ◇      ◇


 理系女子博士はレギ・ファングの管理卓で唸っている。


「どこをどうひねっても強化する方法なんて分かんない」

 歯がゆさに唇が尖ってしまう。

「この機体はこのまんまで完成形なんだもん。だからって発展型にする案も浮かばない。単純な攻撃力や防御力の強化なんて意味ない。総合的にスペックを上げないと」

「無理しなくていい」

「それだと、わたしがいる意味なくなっちゃう」


 存在意義が問われる。ヒントをもらっているのに、もう一段考えを進められないのは能力不足だと感じてしまう。もっとも、別の感情も働いているのだが。


「理解して、十全に動く状態をキープするだけでも容易ではないだろう?」

 人狼の気遣いにも納得してはいけないと感じている。

「嫌なの。負けた気がして」

「勝つ気でいるだけすごいんじゃない?」

「そうそう。相手はあのゴートの遺跡。オリジナル中のオリジナルじゃん」

 声をひそめつつもメイリーやエンリコも慰めの言葉を放ってくる。

「相手が悪いと思うわ」

「ううん、負けられない。研究者としての意地」


(そうじゃないと、いつまで経ってもブルーの中でシシルの次になっちゃうもん)

 一番になりたいのが本音だが、まずは並びたいのだ。


「そうもすごいのか?」

 仔狼も首をかしげている。

「認めたくないけど」

「俺にとって彼女は優しい女性という印象しかないんだが」

「役に立ちたいの!」

 苛立ちが声に表れてしまう。

「うーむ、彼女と君とでは全然意味が違うんだがな」

「どんなふうに?」

「求めていたのはたぶん母だ。それをディディーには求めていない」


(あ、嬉しいかも。わたしは身内じゃなくて女の子として見てるんだよね?)


「ふ~ん、そうなんだ~」

 筋肉質な身体を引きよせ、もたれかかる。

「きっと群れのボスの娘とかそんな感じに思ってるわよね?」

「いやいや、信頼する飼い主の娘とかだって」

「な……! こらー!」


 吹きだして逃げだす二人をデードリッテは追いかけていった。

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